カラヤンを見てリーダーシップについて考える

現在の日本では、さまざまな組織やコミュニティで「リーダーシップ」が問題になっています。

では、優れたリーダーシップとはどのようなものでしょうか。

今回は、まさにリーダーシップの発揮そのものが職業の核になっている指揮者について考察してみましょう。

題材は、20世紀を代表する指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンです。

あらためて経歴を確認しておけば、生まれたのは1908年のオーストリア。若い時は不遇をかこった時代もありましたが、フルトヴェングラーが退任したのち、1955年から1989年まで、三十年以上にわたって世界最高のオーケストラとして名高いベルリン・フィルハーモニー交響楽団の終身指揮者・芸術監督を務めました。

音楽の演奏という局面では指揮者という立場で組織を率い、同時に世界最高の交響楽団の運営という面でもリーダーシップを発揮したわけです。

さらにカラヤンは、このような重職を担いながら同時並行で、こちらも名高いウィーン国立歌劇場の総監督やザルツブルグ音楽祭の芸術監督なども長期に渡って務めていました。クラシック界における「超」のつく重要ポストを独占し、日本では「楽壇の帝王」などと揶揄されました。

カラヤンのリーダーシップとは

ライバルと競り合いながらこのような地位を獲得し、それを長きにわたって維持するためには一種の政治的なセンスが必要だったことは言うまでもありません。

戦時中はうまくナチスに取り入ることで指揮者のポストを獲得し、戦後は業界の帝王であったフルトヴェングラーの嫉妬をうまくかわしてその後釜に座るなど、カラヤンには超一級の政治的センスが備わっていました。

こういった点に加えて、いかにも指揮者然とした眼光鋭いクールな風貌ともあいまって、高圧的な独裁者というイメージが一般には強いようです。

しかし、権力を笠に着て威圧するだけのリーダーがこれほど長きにわたって高い成果を生み出すことはありません。

強く、美しいものがしばしばそうであるように、カラヤンという存在もまた大きな矛盾を抱えた存在であったように思います。

現代の組織論では、大きく分けて二つのモデルがあります。

一つは指揮統制を重んじるヒエラルキー型の組織モデル。もう一つは、等級制度などのヒエラルキーを否定し、タスクやプロジェクトに応じて、年齢や経験年数に関係なく、その都度最適なリーダーを選出する、いわゆるティール組織です。

カラヤンの指揮を見ていると、それらの二つが一緒くたになって併存していたことがうかがわれます。

指揮者だけに注目させない

 まず、ティール的な側面から指摘すると、カラヤンは「オーケストラメンバーによる協調」をとても重要視しました。

独裁者には似つかわしくない言葉なので、意外に思うかも知れません。しかし、カラヤンはオーケストラのメンバーが協調することの重要性をとてもよく理解していました。

リハーサル中のカラヤンの映像はたくさん残っているので、一度確認してみると面白いと思います。

というのも、カラヤンはよく楽団員に対して「私に注意を向けないで、他の楽器をよく聴いてください」と注意しているのです。

例えばこちらの動画、シューマンの四番交響曲のリハーサル映像を見ると、第一バイオリンに対して「もっとフルートをよく聴いてください(=私を見てばかりいないで)」と注意しているのが確認できます。4分20秒前後から5分あたりのくだりです。

服従を厳しく求めるリーダーのセリフとしては意外な指示ですね。しかし、当を射ている。

言うまでもなく、組織は構成員であるメンバーが、他のメンバーと有機的に連携することでパフォーマンスを発揮します。

カラヤンのような影響力のあるリーダーが指揮をするとなれば、どうしてもメンバーが自分の評価を高めるために、指揮者だけに注意を向けてしまいがちです。

しかし、オーケストラのメンバー全員が「指揮者だけ」に注意を払って演奏してしまったら良い音楽は生まれない、ということをカラヤンはよく知っていたのです。

自律の重要性

これは「自律の重要性」という問題につながります。

これまた独裁者には似つかわしくない言葉ですが、協調性を重視すると必然的にこのキーワードが出てきます。

指揮者はもちろん、曲のテンポやスピードをコントロールするのが役割です。

しかし、それだけであれば「他の楽器をよく聴いて」と指示する必要はありません。

メンバーが相互に出している音を意識しながら自分の音を微調整することで、指揮者を中心としたヒエラルキーではなく、一種のネットワークが生まれます。

つまり、「誰もコントロールしていない」と同時に「全員がコントロールしている」という状況が生まれることになるのです。

これは近年、いろんなところで議論されているティール組織の理想形でもあります。

カラヤン自身は「Don’t Disturb=乱さない」という表現を使うことが多かったようです。要するに、「流れに身を任せる」ということです。

日本を代表する指揮者である小澤征爾は、一時期カラヤンの弟子だったことがあります。カラヤンは指揮の細かいテクニックはほとんど教えてくれず、この「流れをつくり、身を任せる」ということを何度も言われた、ということを述懐しています。

明確なイメージを持っている

 一方でカラヤンは、古典的なヒエラルキー型組織のリーダーとしての側面があります。

それは、彼が抱く「明確な完成形のイメージ」です。

どのような音楽であるべきか、どのような響きであるべきか、という点についてカラヤンは極めて明確なイメージを持っていました。この点について他人の意見を受け入れることも、ましてや妥協することは決してありませんでした。

カラヤンのリハーサルを繰り返し見ていて感じるのは、最初の一音から「自分が出してほしい音のイメージ」が明確になっている、ということです。

だからリハーサルを開始して、最初の音を出した瞬間から「ダメです。そうではなく、もっとこうしてください」というダメ出しが入るのです。この動画では1分00秒から続く一連の指示がそれですね。

カラヤンと一緒に演奏をした音楽家の多くは、カラヤンと一緒に仕事をしたことで自分の音楽家としての限界を超えられた、というコメントをしています。

なぜそんなことが可能だったのかといえば、演奏家の「手なり」の演奏に決して妥協せず、半ばカラヤン自身が作曲家になったように明確な響きのイメージを持ち、その響きが演奏家から出てくるまで決して妥協しなかったからです。

ゴール設定はトップダウン、至る道筋は協働と自律で

まとめれば、ゴールのイメージは明確にする一方で、そこに至る道筋についてはメンバーの協調と自律を重視する、というのがカラヤンのリーダーシップのポイントだったということになります。

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