見出し画像

【朗読台本】Jazz to you(10分程度/ノスタルジー/日常)

使用方法

  • 作品のどこかに
    ”@RiRiO_358”
    ”おかリナ▽Works”
    いずれかのクレジット表記をして頂く。(文字でも声でもキャプションでも可)

  • 公序良俗に反するコンテンツでは使用しない。

  • 自作発言をしない。

  • 商用の場合は一度ご相談ください。

  • 性別を変えて読んでいただいても大丈夫です!(固有名詞なども変更OK)

上記を守っていただければどなたでも使用可能です!エンジョイ朗読!
もし使用報告頂けましたら作品をこちらでもご紹介させて頂きます!(もちろん作者様の許可のもと)見たい、聴きたい。


※朗読・単発ボイスドラマ向き

ジャンル

ノスタルジー/日常

長さ
10分程度

想定人数
1~2人



あれ、この曲なんだっけ。

30分近く、電話口のお客と熾烈しれつな戦いを繰り広げようやく終話した直後、私の耳にオフィスの有線からジャズの音色が届いた。

楽器は、ピアノとサックスだろうか。時折ドラムのシンバルっぽい音も聞こえる。
ゆったりとした、それでいて一日のどのタイミングに聴いても邪魔にならないテンポ。一息つくには丁度いい、コーヒーが飲みたくなる曲だ。

私はこの曲に聞き覚えがあった。
ただ、どこで聴いた曲だったのかは忘れてしまっている。
はらわたが煮えくり返り、ざかざかにトゲを生やした心がやんわりと、その温度と鋭さを収めていく。
いつ聴いた何の曲かもわからないせいか、余計に記憶をたどろうとして、その曲に耳が向いた。

どこで聴いたんだっけ。

高らかに奏でながらも、けして耳を煩わせないサックスの音の伸び。
思わずオフィスの中である事を一瞬忘れ、心地よく聞きながらゆっくり記憶を探ってみる。
すると、かすかに記憶の断片として芳しい匂いに行き着いた。
焙煎ばいせんされたコーヒーの匂いだ。
そういえば、曲が聞こえ始めたときにもコーヒーが飲みたい、なんて思ったっけ。
私は、デスクの上で湯気も立てずに沈黙している簡易のコーヒーカップへちらりと視線をやる。それを一口飲んでみたが、この曲と共鳴してくれるものは何もなかった。

結局、オフィスに居る間に答えは見つからなかった。
普段なら思い出せない記憶にはさっさと見切りをつけるタイプなのだが、どうにも今回に関しては諦めが悪い。
私の無意識にも働きかけるほどに、この記憶を思い出したいという気持ちが強いようだ。
オフィスから退出する間、帰路につくエレベーターの中、会社の外を歩く頃になっても、記憶の探索は止まらない。答え探しの時間稼ぎに、駅までの道のりをあえて遠回りしたほどだ。

そして、それが意図せずに功を奏した。
記憶の手掛かりに、何度も思い出していたかすかなコーヒーの香りが漂ってきたのだ。私は思わずハッと顔を上げる。
大通りから外れた静かな道の右側、そこにこじんまりとした小さな喫茶店の明かりが見えた。この香りはそこから流れてきている。
私はけしてコーヒーに詳しいわけではなく、記憶の香りとこの喫茶店からの香りを同じものだと断定することは出来なかったが、だからこそ、答え合わせにその店へ入ることを躊躇ためらわなかった。


店に入って、また驚いた。
オフィスで聴いたあのジャズが流れていたのだ。
偶然同じ有線を使っているのだろうか。それにしても妙にタイミングが良すぎる気がする。
面食らっていると、カウンターの向こうから、いらっしゃいませ、と穏やかな声が聞こえてきた。我に返り、入り口で立ち止まってしまっては悪いとカウンターの空席に座る。店内はカウンターの他に、テーブル席もいくつか用意されていて、その内二席には客がいた。

ブレンドコーヒー、お願いします。

メニュー表を受け取り、ほぼ決めていた注文を店主へ告げる。
再び穏やかな声が、かしこまりました、と答えてくれた。
コーヒーを待つ間、視線を漂わせているとカウンターの向こう、キッチンスペースの天井近くに、似た雰囲気のポスターやレコードが飾られていることに気付く。どうやら、特定のジャズバンドのものらしい。

そこで私は何となく気づいた。今流れている音源は有線ではなく、店主の好みで選ばれたアルバムか再生リストだ。
芋づる式に、私の記憶が刺激される。
私はこの店に立ち寄ったことがある。それもすぐに思い出せないくらいに以前。

ああそうだ、思い出した。あの人を見送った日に寄ったんだ。

紙にインクでもこぼした様に、突然記憶が繋がった。
ようやく新入社員という肩書が取れた頃、別の夢を追っていた幼馴染おさななじみが海外へ移住することが決まり、空港まで送る途中で立ち寄ったのだ。
確か、あの曲が気に入っている、なんて言っていたと思う。
テンポのいいピアノの音色がゆったりと店内を満たしている。
そこに、深くて香ばしいコーヒーの香りが交わり、思わず心地の良いため息が漏れた。

お待たせいたしました。

穏やかな声と、湯気を立てるコーヒーが私の思考を引き戻す。
カップを近づけると、肌までもをいたわる様な落ち着く香りがする。
少し息を吹きかけて飲んでみると、程よい苦みと深い味に、脳が一瞬時間の感覚を取り払ってくれた。この空間だけ、外よりもゆっくりと時が流れているように感じられる。

この味だった。

誰に伝えるためでもなく頷く。
私の思考はまた思い出したての記憶を再生し始めた。
何のためでもない、自分の見栄みえのせいで伝えられなかった気持ち。
このコーヒーを飲み終えた後も、ではまた、と手を振った時も、最後まで口にすることが出来なかった想い。
何とも青い思い出が完全に蘇ってきた。もう何年も前の、口の端が緩む記憶だ。甘酸っぱい、という言い方をするには僅かに年季が入ってしまっている気がする。

結婚、したんだろうなあ。

結局、一度も連絡はしていない。
教えられたメールアドレスも、向こうで使う予定のスマホの番号も登録したが私からその手段を取ることはなかった。
それも、何の為に働いたのかすらわからない自分の見栄みえだったのかも知れない。
当時はそういうのが格好いいと思っていたんだろうな、と思わず笑って再びコーヒーを一口飲む。
少しだけ苦いような、けれど懐かしい思い出に数分とはいえ時間を忘れられた。それだけで今日のリフレッシュにはなる。
きっともう会うことも出来ないだろう幼馴染おさななじみに少し感謝した。元気でいればいい、と切に願う。
そうして、私はコーヒーの最後の一口を飲み干した。

ずっと待ってるのに。

席を立とうとした瞬間、そう聞こえた。
思わず振り返ると、テーブル席の客が声を抑えながら電話をしている。
自分に言った言葉ではないとわかりながら、それでも妙にその声が私の耳に張り付いた。気付けば、心臓の鼓動こどうが速まっている。
何をそんなに意識しているのだろう。
そう思うが見知らぬ客の、見知らぬ相手への言葉が延々と頭に響いて離れない。妙なタイミングでそんな言葉を聞いたからだろうか。

しかし私はその瞬間、この店を見つけた時のようにハッとした。
私がここに居る事、そして今日思い出したことは、全て妙なタイミングが重なったために得たものだったじゃないか。
ふぅ、と短く息を吐いた。
私はスマホを取り出すと、アドレス帳を開く。機種変更の度に引き継いでいたデータに問題はなく、目当ての番号はすぐに見つかった。
時刻を見て時差を確認する。恐らく、常識の範囲の時間だ。

馬鹿馬鹿しい妄想だろうか。
けれど、それならそれで私の中のこの出来事は今度こそおしまいにすればいい。美味しいコーヒーとジャズに見送られながら、今度は私が去ればいいだけの話なのだ。
そうして私はスマホを耳に当てた。コール音は、鳴っている。
もしあの人が出たら、何から話そうか。正直、口から心臓が飛び出そうだ。
何年分のどんな話をすればいいだろう。
けれどもし、この奇妙な一日に対する私の解釈が正しかったなら、伝えるべきことはただ一つだ。

そしてスマホは、外国語で応答するあの懐かしい声を届けた。


もしもし。


END


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?