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最後の桜と、最初のサクラ。


春。


それは、出会いと別れの季節。



その季節に、必ずと言っていいほど存在するのが



<旅立ち>。



そして僕らにも、その季節がやってきた。




卒業式まで、あと数日。


このバス停から、2人で帰るのも

あと何回あるか。



最終のバスを、

小さな待合室のベンチに並んで座り

やってくるのを待つ。



暖かくなってきたとはいえ、

まだ夜風は冷たいはず。


でも、僕らの中には、

その寒さは、感じられなかった。



『ありがと』


玲が突然、口を開いた。


「え?」




『東京に行っても、付き合うって言ってくれて』




「いや、当たり前じゃん」




「でも正直、終わりにされるかも、とは思った」


「玲のことだから、『未来のことを考えて』とか言いそうかな、と」


これは、本心だ。

優しくて、賢い玲なら、真っ先に僕のことを考える。

そう、思ったから。




『そんなこと言わないよぉー』



『だってさぁ、好きだから。』



へへ、っと笑う玲。


その笑顔は、あの時と同じくらい

綺麗だった。




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受験の間、

お互いにあまり干渉しないようにしていた。


玲が僕より遥かに勉強ができる、というのも理由だけど、

何となく、嫌な結論が浮かんでしまう気がして。



だから、玲が東京の大学を受験していたことは、


玲が直接、合格通知を見せてきたことで、

初めて知った。



理由は、


『東京に出て、自分を成長させたかったから。』


『もちろん、地元もいいよ。』

『でも今の自分じゃ、ダメだと思って。』



東京へ旅立つ決意を聞いて、

玲の背中を、押したくなった。


だから、僕が今ここで

自分の夢を語るのは、なしにした。


自分の浅はかさと、

他の言葉が、口に出そうだったから。



だから、あえて口にすることにした。



「玲」


『うん、何?』


「玲が東京に行っても、僕の彼女でいてほしい」



『もちろん』


『これからも、よろしくね』


そういって、右手を僕のもとに出してきた。



その時の柔らかな笑顔が、心に残った。




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玲が東京へ向かう日。


僕らは、新幹線のホームにいた。



後ろ寄りに並んで待つ。


「玲、降りるのは博多だからね」

「大阪まで行っちゃだめだよ」


『わかってるってぇー』

『さっきも言ってたよ、同じこと』


『なんか、お母さんみたい』


笑いながら言う玲。



「あ、そうだ、これ」


僕が取り出したのは、

白いビニール袋に入った、プレゼント。



『え、なにー?』


『重っ』



『んー?』


『これって、苗木?』



「そう。旭山桜っていう品種。」


「時期的には、そろそろ咲く頃だと思う」


苗木には、ピンク色の膨らんだ蕾が

いくつもついている。



『えー、ありがとう』


『大切に育てるね』




彼女の旅立ちを告げる、発車ベルが鳴る。



玲が列車に乗り込む。


『それじゃ、行ってきます』


「うん、気を付けてね」


扉が閉まる。



17時7分。


玲を東京へ向け、乗せていく<さくら>は、

赤いテールランプを残して、夕空へ消えていった。



1人、ホームに残された僕。


濃紺とオレンジの混ざった空に

玲のことが浮かぶ。



玲は誰よりも優しくて、心が綺麗で、

賢くて、穢れのない美しさを持っているから。



心配だった。



東京に出たら、染まってしまうんじゃないか、と。



だから僕は、玲に桜を贈った。




玲に、忘れてほしくなくて。




ここを出た時の気持ちを。





新幹線が去った後の街は、

夕日に照らされて、輝いていた。




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玲が東京に行って、

僕は予定通り、地元の大学に入った。



何となく、つるむ友達も出来て、

新しいバイトを始めたり、



彼女のいない生活に、徐々に慣れ始めてきた

そんな時、





玲から





『風邪引いちゃった。最悪ー。』




というメッセージが。





こっちにいた時から、

規則正しい生活を送っていた、玲。


それが、真夜中にメッセージを送ってくるなんて。





僕は反射的に、パソコンの予約画面と向き合っていた。



あいにく、明日の羽田行き始発便は満席。

他の便も、約4万円から5万円。

大学生が簡単に手を出せる値段じゃない。



自ずと、選択肢は絞られた。



僕が選んだのは、

玲と同じ、新幹線。


6時35分発、東京に13時前着。

最速で東京に着く列車を予約した。

飛行機より安いとはいえ、

十分痛い出費。



でも、これは玲のため。


背に腹は代えられない。



親を起こさないように、

音を立てずに歩いて、家を出る。



最寄りのコンビニで、

熱さまシート、スポーツドリンクと粉末、

温めるタイプのおかゆ、など

風邪に効きそうなものを

ありったけかき集めて


最低限の荷物を入れた

リュックサックの中に詰める。



夜が明けきらぬまま、

家を出る。



流石に7時間近く立ちっぱなしは嫌だったので、

指定席を取った。


座席に座り、

ペットボトルのコーヒーを飲みながら、

何とか眠気を覚まそうとするけど、


博多で乗り換え、東京行の新幹線に乗った後は、

いつの間にか眠りについていた。



終点に着き、新幹線を降りると

耳障りな音の大群が襲い掛かってくる。


初めて、都会というところに来たけど、


人と人が洗濯機のように

秩序無く混ざり合っている。



LINEで聞いた玲の住所まで、

慣れない地図アプリ、複雑怪奇な路線図とにらめっこしながら

電車を何度も乗り換える。


玲以外ではあまり耳にしない、標準語だけが飛び交う車内。

ただでさえ人に酔いそうなのに、

降りる駅を間違えそうになる。



アプリの予測時間よりも、倍近くかかって

写真で見たアパートに辿り着く。


インターホンを押すと、ドアが開く。



『え?』

『え?!』


『何でいるの?』



「心配で来ちゃった」


白いもこもこのパジャマに、マスク姿の玲は驚きつつも、

部屋に入れてくれた。



「とりあえず寝てて」


「色々準備するから」



『え、いいよぉー』


「いいからいいから。そのために来たんだし」



玲は咳き込みながら、部屋に入る。



地元にいた時は、部屋も綺麗だったけど、

よほど風邪が辛かったのか、

所々散らかっている。


それすらも、愛おしくみえる。



スポーツドリンクと、

温めたおかゆをお皿に入れて

玲の部屋に向かう。



ノックをして

「入るよ」



「はい、食べられそう?」


『うん…』



いつもより、ゆっくりとしたペースで口に運ぶ。



『ありがと』


お皿を置いて、薬を飲む。




『あのさぁ』


『せめて、来る時は言ってほしかったなぁ』



『来るとわかってたら、迎えに行ったのに』


「ダメだよ」

「風邪が悪くなるから」


『でも』



「いいから、とりあえず休んでで」



僕は、玲の答えを待つことなく

部屋を出た。



キッチンでお皿を洗う。


部屋の外には、僕が送った旭山桜が、

青々とした葉をつけていた。



少し、ぶっきらぼう過ぎたかな。



お皿を拭いて、玲の部屋に行く。



「ごめん」


「ちゃんと言うべきだったね」



『ううん』

『私こそごめん』


『わざわざ、東京まで来てくれたのに』



「ううん、当たり前のことだから」


「今日、東京に来て、」

「玲が凄く頑張ってるのがわかった」


「だから、思った。」

「夢を絶対叶えて欲しい、って」



『ありがとう』


『絶対、叶えるね。』


そういって、抱きついてきた。



『風邪が移っちゃうから、

これ以上は、また今度、ね』



部屋の窓から見える青空は、

いつも見ている空と違って、

青と白が滲んでいたけど、


これはこれでいいな、と思った。




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東京から帰って数日。


玲から荷物が送られてきた。


荷物の内容は"植物"。



段ボールを開けると、

白い花が、何輪か咲いている。


底に、便箋があった。



わざわざ東京まで来てくれて、ありがとう。

お礼に、サクラソウを送るね。


P.S. 東京に来る時にくれた、あの桜の意味、わかったよ。

  嬉しかったよ。ありがとう。



僕はサクラソウのことを調べた。


ちゃんと、伝わっていたようで、嬉しかった。



僕は、日向にサクラソウを移して、

玲からの便箋を、机の上に置いた。


僕も、この気持ちを忘れずにいよう、

そう、思った。

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