見出し画像

ダ・カーポ


『いただきまーす!』


2人で学食のランチを食べる。


凪紗は日替わりランチのAセット、オムライスとサラダ。

俺は、ラーメンと半チャーハンのセット。


2人、向かい合って席に座る。


「そういえばさ、凪紗って、いっつも日替わりランチ選ぶよね」


『だってほとんど毎日通うんだよ?』

『同じメニューだとつまんないじゃん』



「なに?それは毎回ラーメン選ぶ俺に対する当てつけ?」



『違うよ違うよ!好みの違いってだけ』


慌てて否定する凪紗。



「冗談だよ、冗談。わかってるって」


笑って返す俺。



"相変わらずイチャイチャしとるなぁ~"


『あ!保乃さん!』


「お疲れ様です」



3年生の保乃先輩。

スポーツ推薦で大学に入ったが

必修を結構落としたらしく、

1つ下の俺らと同じ授業を受けている。


凪紗は先輩が好きらしく、先輩もそんな凪紗を可愛がっている。



"一緒に食べてええ?"


『もちろんですよー!』


凪紗の隣に座る先輩。



"んで、何話してたん?"



「俺と凪紗で、選ぶ食べ物が全然違うなーって。」



"確かに、そういうとこでは真逆よな~"


"でも、そういうとこも含めてお似合いよな〜"



「そういう先輩こそ、誰かお似合いの人いるんじゃないですか?」


「先輩かわいいし」


"良いこと言ってくれるや〜ん!"


"でも気軽にかわいいとか言ったらあかんで"


「え?」



"ほら、なぎちゃんむくれとるやん"



凪紗を見ると、ほっぺたを膨らませて

こちらを睨んでいる。



「え、ごめんて…」



『シュークリーム』


「え?」



『購買でシュークリーム2個ね』



「1個」



『だーめ!2個!』



「はい…」




"あっはは!なぎちゃんには逆らえんなぁ…"



凪紗のペースに飲まれた俺を笑う保乃先輩。



"あ、そういやさ、2人でピアノ弾くんやろ?

最近は何弾いたん?"



「最近ですか? くるみ割り人形、ですね」


"あー、名前は聞いたことあんねんけど、どんな曲やったっけ?"



軽く、メロディーを鼻歌で歌ってみる。



"あー!聞いたことあるわ!"


「本当ですか?」

「先輩知らなくてもそう言うからなー。」


"いや、流石に知っとるわ!"


3人で笑いあう。



"そういえば、次なにやるとか考えてるん?"



『今度は、ダッタン人の踊りって曲を弾こうと思ってるんです!』



"そうなんやぁ~"

"一度でいいから、2人の演奏聞いてみたいなぁ~"



『えー?!聞いてくれるんですか?』

『保乃さんのために、頑張ります!』



凪紗のテンションも上がったので

早速、練習することにした。


大学の中にある音楽室。

1つの椅子を2人で分け合う。



パートを繰り返して練習している途中、



『コホッ、コホッコホッ』


「大丈夫?風邪?」



『うーん…』


『なんか最近、せきが続くんだよね…』



「どうする?今日練習やめる?」


『ううん、大丈夫大丈夫!』



そう言って、凪紗は明るく振舞っていたけど

今思えば、

これが最初の、違和感だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



”よいしょ!”


『えい!』



大学にあるテニスコートで、

ラリーをする先輩と凪紗。


のだが、凪紗の動きがいつもと違う。


普段なら、強めのショットでも軽々返すのに

今日は、ついていくだけで必死だ。



先輩がプレーを止める。



"なぎちゃん、今日は調子悪いなぁ〜"



『なんか…息が切れやすくて…』

『ここ最近、運動不足だからですかね…』



"もうやめよか?"



『はい…じゃあ…』


"彼氏なんやし、ちゃんと送っていくんやで~"


「はい、もちろんです」



凪紗の家まで、送って帰る。


隠してはいたようだけど、

凪紗は明らかに疲れた様子を見せていて、

ゆっくりと歩いた。




凪紗の家に着くと、

すぐに冷蔵庫から水を出して、


「はい、水。」

「とりあえず、休んだ方がいいよ」



『ありがとう…』

『寝るね』


「うん。おやすみ」



俺は、合鍵を使って閉めて、凪紗の家を出た。




翌日は、凪紗の家でピアノの練習をする予定だった。


もちろん、今日の体調を考えれば

そのつもりは無かったから、


ドラッグストアで、

スポーツドリンクや薬を買って

翌朝、予定の時間通りに凪紗の家へ向かった。



インターホンを鳴らす。


応答がない。



まだ、寝ているのだろうか。


鍵をそっと開けて、部屋に入る。



「凪紗ー?」



テレビは点いているから

どうやら、起きてはいるらしい。



真面目な凪紗のことだから、

多分、寝室じゃなくて

ピアノのある部屋にいる。



「凪紗ー?入るぞー?」


ノックをして、部屋に入る。




そこには、


ピアノにもたれかかるようにして

倒れた凪紗。




「凪紗!!!」




わずかだが、息をしている。



軽い体を慎重に椅子から降ろして、

楽な体勢をとらせる。



俺は救急車を呼ぶと、

一緒に乗り込み、病院に向かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー



治療と検査を終えて、

凪紗の容態はひとまず安定した。



眠る凪紗の横で、安堵していると

担当医の先生が入ってきた。



'あの、差し支えなければ、ご関係は?'


「えーと、お付き合いさせてもらってます」



'彼女のご家族と、連絡はとれますか?'


「はい。連絡先は知ってます。」



'ご家族と連絡を取って頂けませんか?'


'可能な限りすぐにこちらに来てほしい。'

'医師が直接話したいことがあるから、と'




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌朝、凪紗の両親が病院に来た。



"色々ありがとうね、凪紗のことで"


「いえ、当然のことですから」




「じゃあ、俺はここで失礼します。」



凪紗には悪いが、そのつもりだった。



医師が家族を直接呼んだ時点で、

凪紗の体で良くないことが起こっているのは確実。


しかも、相当重大、であることも。



その時点で、俺の出番はないと思った。


家族の問題に、これ以上関与すれば

凪紗にも、凪紗の家族にも迷惑がかかるし

ここが引き際だ、と思った。



だから、凪紗のお母さんから出た言葉が

俺にとっては、意外だった。



"ちょっと待って。"

"一緒に、ついてきてくれない?"



「え?本当ですか?」

「俺なんかが行っても…」



"もちろんよ。家族みたいなものじゃない"



"私からもお願いするよ。"


凪紗のお父さんも、続いて言う。


"もちろん、君にとっても辛い話になるかもしれない。"

"でも、凪紗が選んだ人だから、大丈夫。"


"そう思えるんだ。"

"改めて、お願いしたい。"



「わかりました。」




相談室と書かれた部屋に通されると、

担当医の先生が、座って待っていた。


'お越し頂き、ありがとうございます。'



'早速ですが、単刀直入にお伝えします。'





'娘さんは、がんです。'





'正確な病名を申し上げると、小細胞肺がんです。'


'画像診断上のステージは、Ⅱ〜Ⅲといったところでしょうか。'



"それで、手術というのは…"


凪紗のお父さんが問いかける。




'手術は、出来ません。'




「え、なんで…」


思わず、つぶやいてしまう。



'細かく説明すると難しくなってしまうのですが、

この小細胞肺がんは極めて進行が早く、

他の症例などを考えると、

今の年齢と性別で、このがんになるのは、

極めて稀なケースなんです。'


'なので、自覚症状が起きている時点で、手術をするのは難しいんです。'


'それだけ、病状が進んでいるとご理解ください。'



状況を飲み込みたくない、といったばかりに

沈黙が部屋を支配する。


凪紗のお母さんは、

ぐっと、涙を堪えているようだ。



そんな中、凪紗のお父さんが

口を開いた。



"わかりました。"


"それで、治療法はどのように?"



'がん自体の大きさだけでなく、

転移の状態も考慮しないといけませんが、

基本的には抗がん剤と放射線治療を併用する形になるでしょうか。'


'まだお若いですから、もちろん将来的な負担も考慮した治療法を選択したいところですが、

先ほどもご説明した通り、

極めて進行の早いがんなので、

一刻も早い鎮静化を目指す方に主眼を置くべきだと、個人的には思います。'




'あとこれは、私の個人的な提案だ、と思って

聞いて頂きたいのですが。'


'東京を離れられてはいかがでしょうか?'




'医療の精度という面では、東京が良いと思います。

ですが、先ほどからご説明している通り、

今の病状は手術というフェーズにはなく、

それ以外の治療であれば、

東京以外の地域でも、差はありません。'


'それなら、少しでも環境の良い地域で

治療を進められた方が、

身体的負担も少なくてすむと思います。'



そういうと、担当医は俺の方を指して


'彼から、お住いは長野とお聞きしました。'



'ちょうど長野の大学病院に、私の同期がいるんです。

紹介状を書く用意はあります。'


'後は、ご本人含め、良く話されてからお決めになってください。'


'私はどの方向性になっても、万全の準備を整えておきますから。'



"ありがとうございます。"



部屋を出た俺達。


何というか、現実感が無かった。



"ありがとう。いてくれただけで、落ち着いて聞くことが出来たよ。"


「いえ…」


「それはいいんですが、さっきのこと…」


"それは、私達から凪紗には話すわ。"


"大丈夫。君に迷惑はかけないよ。"



「いや、迷惑だなんてとんでも…」



"とにかく今日は、もう大丈夫だ。"

"また、日を改めて。"



これ以上深入りするな、ということだろう。


「わかりました。失礼します。」



俺は、病院を出た。



春も間近というのに、

やけに肌寒く感じられたのは、気の所為だろうか。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




7時50分過ぎの新宿駅。


私たちを包み込むのは、

春にふさわしい、あたたかな風。



私が決めた結論。


それは、<地元に帰る>ということ。



1日に1本だけ、地元までを直接結ぶ特急で。



「忘れ物、ない?」


『うん、大丈夫。』


『もし家にあったら、送ってきてね』


「ああ。」



『直接、届けに来てくれたって、いいんだよ?』


いつものテンションで、ちょっとおどけて言ってみる。



「そんなこと言うなよ」


彼は、少し真顔で言う。



変な沈黙を遮るように、


'お待たせいたしました。9番線から、8時ちょうど発、白馬行きのあずさ…'


発車を知らせる放送。



列車の中に乗り込む。


『じゃあね』


「うん」



発車メロディーが鳴り響く。



『こんなぎ~!!』



「え?」



『やってみたかっただけ!』


『じゃあね!』



重い扉が、音を立てて閉まる。



これが、私なりの、

精一杯の強がり、だった。



もう咲く間近の桜並木が

にじんで見えたのは、きっと気のせいだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー



窓側の座席に座って、流れる景色を眺める。





『別れよう』


全てを告げられた翌日、ベッドの上で

私はそう、彼に言った。


「え、なんで」

「距離は離れるかもしれないけどさ」


「そんなの、俺が行けばいいだけの話で」


『それじゃ、だめ。』

『君の未来まで、私を背負わせたくない』



そうは言ったけど、

きっと、行く先でも

彼のことを、想い続けるんだろうな。


寂しいのはわかっているけど、

そうしなきゃいけない。


その力が、私を動かすエネルギーになると思いたい。




『ねぇ?』


「ん?なに?」



『私って、どんな存在?』


「俺にとって、凪紗の存在かぁ…」



「太陽、かな」


「いつも明るいし、俺がしんどい時も励ましてくれたり」



私にとっても、彼は太陽のような存在だった。


優しくて、あったかい。



そんな時間が、まぶしく見える。



ちょうど、ビルの合間に隠れて見えなかった太陽が

はっきりと顔を出した。



光に照らされて街が輝く。



窓に映った自分の顔を見て

最後に見た、彼の表情が、ふと浮かんできた。



言いたいことを、ぐっと堪えたような、その顔。



私にもわかる。



「さよなら」



その言葉は、いつまでたっても、言えそうにない。



こんな形でしか、終われなかった

私を許してほしい。




太陽は、雲の影に隠れた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー



しばらくして、

凪紗の家から報せが届いた。




報せが届いた時、

部屋の窓から見える青空を、

一筋の飛行機雲が、通り過ぎていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?