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貧困を救うお寺のネットワーク

 「おてらおやつクラブ」は、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえ」を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、子どもをサポートする支援団体の協力の下、さまざまな事情で困りごとを抱えるひとり親家庭や子どもの育ちを支援する団体に「おすそわけ」する活動だ。子どもの7人に1人が貧困状態にあるこの国にとって、おてらおやつクラブが行っている活動は、従来、寺院が地域社会で行ってきた営みの延長上にあり、現代的な仕組みとしてデザインし直したもので、寺院の「ある」と社会の「ない」を無理なく繋ぐ取り組みだ。しかも、それぞれの地域内で寺院と支援団体を結んでいるため、身近な地域に支えられているという安心感にもつながる。それができるのは、寺院が各地域にくまなく分布するというある種のインフラが完成されているからだ。

 「おてらおやつクラブ」の発足の背景には、悲惨な事件があった。2013年5月24日、大阪のマンションの一室で母子が餓死状態で発見された事件だ。この豊かな日本で餓死なんて…と胸を痛めた安養寺(奈良県)の松島住職は、貧困で苦しむ子どもたちに、「おそなえ」の「おさがり」を「おすそわけ」することを思いついた。松島住職は、おてらおやつクラブの創始者で代表理事でもある。趣旨に賛同する全国さまざまな宗派の寺院は現在47都道府県に1,900ほどある。母子家庭や生活困窮者を支援する全国500ほどの団体(NPO団体や社会福祉協議会、子ども食堂や行政窓口など)と連携し、必要な方々へ「おすそわけ」している。ひとり親家庭と支援団体のつながりがある中で、お寺の役割は、双方のニーズに応える「縁の下の力持ち」だと松島代表は語る。「我々の活動の肝は、支援が必要なお母さんを探し出すのではなく、支援団体さんとのご縁をどんどん創っていくことなんです。」

 現在、日本全国に寺院は約7万7000カ所存在する。日本全国で一番寺院数が多い都道府県は愛知県だ。県内の寺院数は4558寺で、2位の大阪府、3位の兵庫県をを大きく上回っている。愛知県内の寺院数が他の都道府県よりずば抜けて多い理由としては、尾張徳川家が寺院を積極的に保護したことや、明治初期の愛知県の人口が第3位になるほど多く、かつてお寺が人々の生活に密接に関わっていたことから、人口の多さにあわせてお寺の数も多くなったことなどが考えられる。歴史的に見て尾張、三河は東西の人々が交通・流通により、人の行き来や定住の多い地域だった。そのため、いろいろな価値観が入り込んで多様な宗派が共存する土地柄であり、他県に比べて存在する宗派はかなり多彩だという指摘もある。愛知県内は、浄土真宗、禅宗、浄土宗の寺院が多く、江戸時代から集落の中には異なる宗派の寺院が複数存在するケースが多くある。さらに幕末から明治初期に起きた神仏分離、廃仏毀釈の影響が結果的に少なかったこともあるという。

 私が施設長をしていた名古屋市内の児童養護施設は、仏教超宗派によるご支援で明治19年に設立された児童救済施設で138年の歴史をもつ。その施設に「おてらおやつクラブ」の活動をされているお坊さんたちが訪問してくださったことがあったのを思い出した。名古屋市内には「おてらおやつクラブ」に賛同している寺院が23、愛知県全体だと86寺院となる。仏教寺院数が全国トップの愛知県ならば、賛同寺院数ももう少しあってもいい気がする。

 「おてらおやつクラブ」に参加するお寺が全国に広がるうちに、それぞれの地域にオリジナルな「おてらおやつクラブ」の形も生まれてきた。名古屋市北区にある真宗大谷派開闡寺かいせんじの小嶋朋大さん・愛歩さんご夫婦は、真宗大谷派名古屋別院で「おてらおやつクラブボックス」の設置を発案した。仏教図書館・教化センターの建物に入ってすぐ正面のかなり目立つ場所に、大きな「おてらおやつクラブボックス」が設置された。発案者の小嶋さんは、「教化センターは会議や勉強会の場として、大勢の僧侶が出入りしますので、そこにお供え物をとりまとめるBOXを設置するのが効果的だと思いました。僧侶が自坊のみで発送するよりも、おやつの量・種類が集まり、手間もかからず気軽に参加できます。ぜひ一人でも多くの方におすそわけをお願いできればありがたいです。」と語っている。「おてらおやつクラブボックス」は、比較的気軽に「おてらおやつクラブ」の活動に参加できる、足がかり的な取り組みだと言える。

 
 「おてらおやつクラブ」の活動において、御仏の存在が前提にあることはとても大きい。支援する側にとっても、支援を受け取る側にとっても「自分を見守る存在がいる」ということ、「お互いに助け合いながら、ご縁のなかでこの社会は生きやすくなることを実感できる」とうことは大切だ。

 寺院が社会課題に取り組むときの特徴に「時間軸の長さ」が挙げられる。現代社会では、多くの場合が一年や数年単位で予算をつくり、実績を求めようとする。しかしながら、寺院の時間軸は100年単位であり、「おそなえものをおさがりとして、おすそわけ」という行ないは、もう数百年続いてきたことは活動を発展させていく上での強みでもある。ひとり親家庭の貧困をはじめ、社会課題の多くは解決に時間がかかる。数百年かけて築いてきた土台を持つ寺院だからこそ、長期にわたって活動を続けることができるのだ。

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