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童話の素晴らしさ③『アリとキリギリス』

  『アリとキリギリス』もイソップ寓話におさめられた物語だ。私自身が幼い頃に読んで知っている『アリとキリギリス』は、以下のようなストーリーだった。

 ある夏の日、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごしていました。その一方で、アリは来たる冬のために食料を一生懸命家に運んでいます。 キリギリスは「食料をわざわざ運ばなくても、たくさんあるじゃないか」と話しかけると、アリは「今はたくさんあるけど、冬になると食べ物はなくなってしまうよ」と答えました。しかしキリギリスは「まだ夏は始まったばかり。楽しく歌って過ごせばいいのに」とアリをからかい、再びバイオリンを弾き始めました。
 やがて秋になっても、キリギリスは遊んで暮らしています。
 そして、冬がやってきました。キリギリスは食料を探すものの、周りには何もありません。お腹がすいて困り果てたキリギリスは、アリが食料を集めていたことを思い出し、分けてもらおうとアリの家を訪ねました。
 キリギリスは、夏の間に働いていたアリをからかってしまったことを思い出し、食料を分けてもらえないのではと思っていましたが、アリは「どうぞ食べてください。その代わり、キリギリスさんのバイオリンを聞かせてください」と言ってくれたのです。

 上記が私を含め日本人がよく知っている結末だが、実はあと2つ結末がある。日本ではあまり知られていない残りの2つは、冬になってキリギリスがアリの家を訪ねた時のアリの対応だ。

① アリがキリギリスに食料を与えない
 キリギリスが「食料を分けてほしい」とアリの家を訪ねると、アリは「夏は歌って過ごしていたのだから、冬は踊って過ごせばいいんじゃない?」と言い放ち、扉を閉めて追い返してしまいました。そしてキリギリスは、そのままアリの家の前で凍え死んでしまうのです。

② キリギリスが最期に自分の生きざまを語る
 冬が来て食料が無くなり困っているキリギリスに、アリは「夏も歌って過ごしていたのだから、冬も歌えばいいんじゃない?」と言います。するとキリギリスはこう答えました。「もう歌うべき歌はすべて歌った。君は僕の亡骸を食べて生き延びればいいよ」 後先を考えずに遊んでいるだけに見えたキリギリスでしたが、実はすべて見据えたうえで、生きている時間を命がけで楽しんでいたのでした。

 夏に馬鹿にされたことを根にもっていたのか、アリは皮肉をこめてキリギリスを突きはなす。キリギリスが死んでしまうという結末が子ども向けの童話としてはそぐわず、日本ではキリギリスが改心するストーリーに改変されたのか…。いずれにせよ①も②も考えさせられる結末だ。

 私たちも実は「アリ」であり「キリギリス」なのかもしれない。
 アリは倹約家でまじめに働きコツコツ貯蓄できるタイプ。これからの将来「備え」がないと生き残れないことを知っている。キリギリスはお金を稼いだ分だけ浪費してしまうタイプ。もちろん貯蓄はゼロ。楽しいことが大好きで、人生なんとかなると思っている。

 「人生一度きり」というように、一見、キリギリスの方が派手で人生を謳歌しているように見えるかもしれない。しかし、誰の人生にも必ず「冬」の時期が来る。仕事がうまくいかず収入が減ることも、仕事を失うことも、ケガや重い病気にかかることもあるかもしれない。日本自体も急速に「冬」の時代に向かっている。たくさんの娯楽や楽しいことであふれていて、遊ぼうと思えばいくらでもお金を使いたいところだが、これから先も不自由しないためには、この「冬」に備える視点も大切だ。
 アリは「冬がくること」を知っているのに、キリギリスはなぜか冬の存在を知らないかのように描かれている。主人公のキリギリスの親も、同じように遊んで暮らし、冬には亡くなってしまったので、「冬のおそろしさ」を子どもに伝えていなかった可能性が高い。これは「親世代」から「いずれ冬の季節 がくるから備えておくんだよ」というアドバイスを受けていないから知ることができなかったという、まさに負の連鎖である。日本でも格差社会が広がっているが、この格差はその人が「アリ」タイプか、冬が来ることを教えてもらっていない「キリギリス」タイプかの違いで生み出されているのかもしれない。キリギリス親の子どもに生まれたら、その子どもも貧困から抜け出せない。

 なお、イソップ寓話の元の話では、キリギリスではなく、セミだったそうだ。「セミとアリ」が原本とのこと。お分かりのように、セミは成虫になればキリギリスよりかなりの短命だ。キリギリスもセミも冬を越せない昆虫なので、結局冬になる前に命を失い、アリの食料になるのが正しい話なのかもしれない。

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