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PMFまでの引き算の経営

PMFに集中するための”引き算”

スタートアップを起業したらまず向き合うPMF(プロダクト・マーケット・フィット)という深い深い闇

そのもがき苦しむ過程で生まれた経営スタイルについてこんなTweetをしました。


スタートアップの起業では、初期はPMFだけが大切とさえ、よく言われます。
世の中はPMFに至るためのノウハウで溢れており、かくいう私自身も、必死に書籍やWeb記事を読んだものです。

一方で、それらに書かれている理想的な手法や、やるべきことのリストをみるたびに、当事者/起業家として、なんだか苦しい気持ちになったのも事実です。

「いやいや、起業の現実はこんなきれいじゃないよ」
「こんなの全部やってたらこっちがパンクしちゃうよ!」

起業したらやることは山積みです。最初は登記やら経理やらのバックオフィス業務。何の実績もない中、破天荒なビジョンに共感して手伝ってくれる奇特な創業メンバーも集めなければならない。それ以外も、資金調達、オフィス探し、顧客アポ取得、資料作成、開発・・・タスクは尽きないなかで、日々減っていく資金を見ながら、高速でPMFを達成しなければなりません。

そう、現実では、PMFに集中すること、それ自体が非常に難しいんです
リアルはノイズだらけなのです。

本記事では、私自身が実際に活用し、そのおかげでPMFまでのスピードが劇的に高まったと実感している「PMFまでの引き算の経営」を紹介していきたいと思います。

創業からPMFまで

本題の前に、簡単に沿革を。
2021年3月、私はHQというスタートアップを創業し、CEO/Founderとして、事業アイデアの立案と検証プロセスをスタートさせました。
素晴らしい仲間を集めながら、本記事で紹介するような持たざる経営を徹底し、ただひたすら顧客とプロダクトと向き合い続け、改良に改良を重ねて、2022年11月にサービスをローンチ。
2022年4月には初の外部調達を実施し、そこから一気に売上が拡大し、その半年後の2022年11月、シリーズA 7億円の資金調達を実施しました。

シリーズAの調達にあたって投資家から一番評価いただけたのが、PMFの強さとスピード感でした。
これまで解約はゼロ、トライアル導入顧客は1社も例外なく本導入してもらえており、既にエンタープライズ企業との大型契約もあります。
特に高単価B2B事業の立ち上がりのスピード感としては、相当早いほうに分類されるのではないかと思います。

「リモートHQ」は、「在宅手当の非課税かつ成果直結版」をコンセプトにした日本初のリモートワーク支援プラットフォームです。

会社は、まだ超アーリーステージであり、なにか偉そうなことはいえる立場にありませんが、”PMFへの集中度合とスピード感”だけは、皆さんに何かお役に立てることがあるかもしれません。

PMF全集中のための5つの引き算

私がPMF達成のために行った仕事それ自体は、おそらく世の中に流通しているオーソドックスな内容と大して変わりません。ひたすら顧客に向き合い、リーンスタートアップやYコンビネーターなどの教えも参考にしながら、なにより「本当に欲しいと思えるサービスか?」「本当に価値があると思えるか」を問い続けながら、取り組みました。はい、いたって普通です。

皆さんに共有する価値がある独自性のあることがあるとすれば、PMF達成の道筋ではなく、”PMF達成以外の引き算”と考え、個人的にかなり有効だったと感じたものを以下5つに纏めました。

1.コードは書かない。(基本はノーコード開発。コードを書けたとしても、あえて最小限のコーディング。技術的負債を気にせず、MSP(Minimum Sellable Product)を構築し、高速PDCA)
2.売上を追わない。追わせない。(数字が欲しくなる欲望を押さえ、顧客価値とPMF仮説の検証のみに集中する)
3.人事評価しない。(株と信頼関係のみ。制度や仕組はあえて作らず、誓約でマネジメントする)
4.管理が必要なオフィスは借りない。バックオフィス業務やらない。(代わりにメンテタンス不要の曜日借りオフィス。トイレ掃除や備品管理等が必要なオフィスは借りない。経理や労務は完全にアウトソースする)
5.Fake Workに時間を使わない。(例:PRしない。スタートアップイベントに行かない。SNSしない。代わりに、顧客とプロダクトに向き合う)

会社経営について勉強したことがある人ほど、これらの引き算は全て直感には反するように感じるものが多いと思います。
IT起業と言えば、最初はコードとにらめっこというイメージがあることでしょうし、売上を追わないなんて、そもそもビジネスに反するようにも感じられるかもしれません。

しかし、PMFまでは、ゲームのルールが全く違うのです。
直感に反する引き算の経営こそが、PMFの強度とスピードを劇的に高めるのです。
(とはいえ、安易な引き算は危険で、それぞれの施策を有効に実施するにはそれなりの工夫が必要です。以下で説明していきたいと思います。)

1.コードは書かない。

Codingしたくなる気持ちを押さえよう

私たちは、ノーコードツール(Bubble)で最初のプロダクトを開発しました。

創業期の顧客との向き合い(解決すべき課題と解決策の特定)が一定できてきたら、一番労力のかかる仕事は、プロダクト開発です。

私たちは、ノーコードツールを活用することで、とにかくスピード重視でMSP(Minimum Sellable Product:必要最低限の売れるプロダクト)を2-3カ月程度で構築しました。
(※ちなみに、ノーコード開発をメインにしつつも、局所的にコーディングは活用しています。コードを書かないことは、PMFまでの工数最小化を徹底するための手段であり、目的ではありません)

また、一番ノーコードが活躍するのは完成後の素早い改修です。顧客から次々とくる要望を素早く反映し、自分たちの仮説で間違っていた部分をどんどん直していき、最小の開発工数で顧客満足を得られるプロダクトへと進化させていくことができました。

ただし、ノーコードで開発したプロダクトの寿命は短いです。
実は、このとき開発したプロダクトは実は既にお蔵入りになっています。PMFを実現し、プロダクト開発がやり直すリスクがなくなってから、満を持して開発に乗り出し、技術的負債を最小化する形で、めでたくリプレイスされました。

また、ノーコード開発をするからといって、初期にエンジニアが要らないという意味でもないですし、技術を軽視していいということでもありません。

凄腕のエンジニアがいたとしても、あえてノーコード開発しましょう。(エンジニアだからこそ、後でリプレイスするときのイメージや、拡張性を意識しながらノーコード開発ができます。)
技術を重視するからこそ、あえてノーコード開発しましょう。(技術的負債や技術のもつレバレッジ力を重要視しているからこそ、あとで壊すことを前提としたノーコード開発のメリットを活かせる。)

技術の大切さがわかるからこそ、技術的負債を一切気にせずスピードに振り切るために、顧客から愛されるものを追求するための引き算をしたのです。

2.売上は追わない。追わせない。

売ることは大切。でも、数字という結果が早くほしい、という本能は制御しよう

PMF達成そのときまでは、売上拡大に過度に傾斜しないことが極めて大切です。

PMFまでは、売上それ自体を追うと全てが歪みます。

なにより問題になるのが、売上拡大に伴う仕事量の増大=経営リソースの分散です。仕組みがないなかで売上が増えると、サービスをデリバリーするための工数が生まれます。つまり、売上増加によって顧客を観察する余裕がなくなるのです。これでは、最も大切なPMFのための前進が停止してしまいます。

短期で売上を積む手法はいっぱいあります。広告を積んだり、或る顧客の固有の要求に答え続けたり(行き着く先はコンサルティング)。
ただし、売上は一時的に増えても、PMF実現とは全く関係がありません。プロダクト・マーケット・フィットとは、「素晴らしいマーケットに適合したプロダクトをつくれた確信を得ること」であって、そのプロダクトを拡散させることではありません。

特に営業やマーケティングで活躍した経験の起業家にとっては、売上を拡大する具体的な手法が生半可見えてしまうだけに厄介です。売り上げを上げられるのに上げない、という我慢が要求されるからです。

我慢の例として分かりやすいのが、知り合いには売りにいかないという誓約です。

私は、実は創業してから1年半、知り合いに対して営業をしたことが一度もありません。
近い知り合いへの営業は、シャープになっていないコンセプトで面談を要求しても興味をもって話を聞いてくれます。時には創業者への信頼だけで買ってくれるかもしれず、PMFの仮説検証にノイズが混ざってしまいます。
代わりに、私のことをほぼ知らず、時間など割いてくれないであろうターゲット顧客に泥臭くコンタクトしました。
売上を短期であげるためには非合理的な選択ですが、赤の他人でも話が聞きたくなるのが良い事業コンセプトであり、PMF達成にあたっての事業検証が楽観的になってしまうことを割けるため、売上さえも引き算しました。

また、これは創業者だけがもっていればよい意識ではなく、メンバーに売上を追わせないことも大切です。
創業初期のころ、目の前の売上拡大のチャンスをスルーしている私に対して、非常に優秀な社員から以下のような厳しい指摘が入りました。

「売上目標や行動量目標に対する切実さが足りない!」
「もっと必死に追わなくていいのか?」
「目標への必達意識が弱いように感じる。甘いのではないか?」

HQの敏腕営業創業メンバーの実際の発言。とても優秀です

PMFの文脈を除けば、きわめて真っ当な指摘です。
しかし、まだPMFの確信を得ていなかった私は、

「今はその時期ではない。今は売上を増やして価値提供の義務を過剰に増やしてはならない局面だと思っている。信じてくれ」

という何とも強引なやり方で、売上をあげる行動を制御しました。(正反対の意見の討論になりつつも、一方で、我ながら素晴らしいメンバーを採用したなとも感じたのを覚えています)

結果として、目の前の顧客、ひとつの案件に全集中することができ、製品の細かな仕様を修正したり、製品のコンセプトのPDCAを回したりなど、PMF実現に全集中できました。

PMFに至る過程で、プロダクトが売れることは極めて大切です。ただし、「PMF仮説の証明が目的。その手段が売上獲得」という順序で考えましょう。売上がゼロなのは最悪ですが、売上が増えすぎるのもまた地獄への道なのです。
(※ただし、PMF後すぐに、売上成長へのコミットメントを上げていかなければならない時期がやってきます。Startup = Growthです。今まさにその切替が私の目下のミッションです。)


3.人事評価しない。

創業から1年半、私は、いわゆる人事評価は一切しませんでした。

制度設計ができないなと思ったからではありません。
上場企業で人事も管轄しており、過去何度も制度設計をしたことはあり、いま作るとしたらこういう感じかな、というイメージもありました。

制度をつくれるけれどもつくらない。
そう判断した理由は、大きく三つあります。

  1. 機能する制度を作りようがないから。

  2. 制度づくりと運用にCEOのかなりの時間がとられてしまうから

  3. 実は制度以上に機能するマネジメント手法があるから

①機能する制度を作りようがないから。
前提として、企業経営において人事評価はとても大切なことです。普通は、明確なフレームワーク、制度に基づいて、客観的な人事評価を行うべきです。
ただし、PMF前は特殊な状況であり、事情が全く違います。社員にとって納得感があり、今後のモチベーションにつながる人事評価をするためには沢山の前提(ビジネスモデル、職種評価、KPI、スキル設定など)が必要ですが、それらがあっという間に変わってしまうからです。
制度を形式的に作っても、むしろチームのモチベーションに逆効果を生みかねません。

②制度運用にCEOのかなりの時間がとられてしまうから
環境変化に適応しやすい柔軟性の高い制度を作ることも可能といえば可能でしょう。社員の納得値をつくるコミュニケーションも、運用の工夫次第で、十分設計できるとは思います。
しかし、それらの運用のリーダーシップをとるのは誰でしょうか? 創業期であれば、間違いなくそれはCEOの役割になりますが、かなりの時間とマインドシェアがとられます。人事評価は繊細なトピックです。PMFに全集中するうえではシンプルに、大きな邪魔になります。

③制度以上に機能するマネジメント手法があるから
では、制度はつくらず、ただ放置しておけばよいのかといえば、答えは、いいえ、です。
(スタートアップ初期に退職や組織崩壊が多いのは、事業の失敗以外だと、起業家が創業メンバーのマネジメントを無策で根性論で乗り切ろうとすることに起因することが多いと思います。)

経営の意志を込めて、チームマネジメントする必要があります。
そこで活用しやすいのが、株式と誓約です。

信頼、絆、コミットメント、利益のアラインメント。

HQでは、メンバー全員が株式またはストックオプション(信託型のため付与自体は未実施)をもっています。
(株式投資の機会を与えることは、創業期に活躍する人材として、ビジョンへの共鳴、成功へのコミットメント、創業者への信頼などを判断する機会にもなります)

株式は、中長期の報酬面の利害を会社と社員の間で一致させ続ける魔法の道具です。
創業者は、誰にマネジメントされなくても、人事制度がなかったとしても、自然と一心不乱に頑張りますし、成果が報われることを無意識的に理解しているはずですが、それは筆頭株主という立場であることも大きく寄与しています。
社員数が少ない創業期であれば、株式保有を通じて、創業者以外にも、創業者マインドに近い状態を作り出すことが可能です。これは、単に報酬面での納得性をつくる以上に、「創業者のひとりである」という自覚を生み出し、視座を引き上げる効果もあります。(※株主間契約の締結は忘れずに。)

また、株式だけでなく、パートナーシップ/誓約の力も借りました。

何も言わずに制度設計をしないのではなく、以下のような「誓い」をしっかりと伝えるのです。

  • PMFまでは、まともな人事評価はしないし、できないこと。報酬面の細かな平等性を担保するつもりはないこと

  • 全員がそれぞれを信じあって、背中を預けあってほしいこと

  • 創業メンバーとして、PMF達成に一人ひとりがコミットすることを求めていること

これらを、包み隠さず、社員に明確に伝えました。
できないことをふんわり放置しておくのではなく、明確にできないと言い切って、真摯かつ明瞭にコミュニケーションをとるのです。

PMF前は、毎日のように職務やフォーカスが変わり、どんな良く練られた制度も機能しません。むしろ”パートナー同士としての誓約”のほうが機能するのです。ゲリラ戦で背中を預けられるのは、信頼しあえる関係しかないのです。

人事評価制度のような仕組みをつくるのに時間はかけず、背中を預けあえる絆と構造を確認しあうことに時間を使いましょう。そして、あとは一心不乱にPMFに全集中しましょう。
(※ちなみに、人事制度は全く存在しなくても、これまで正社員の離職はゼロですし、各自のモチベーションも非常に高い状態を維持できています。)

4.管理が必要なオフィスは借りない。バックオフィス業務やらない。

PMFに関係ない仕事はすべてやめよう、アウトソースしよう

創業以来、HQは、いわゆる安いオフィスやマンション一室を借りたことがありません。リモートワークしつつも、リアルコミュニケーションは非常に大切にしており、設備が揃った格安のレンタルオフィスを借りています。

また、労務や経理を内製で行ったことがありません。(今は一部を内製化していますが)

以上は、もったいないからやらなかったのではありません。
ノイズを減らすための引き算=Focusとしての要素が強いです。

世の中で良く語られる創業初期の昔話として、マンションの一室のオフィスでの思い出話があります。たとえば、最近カーライルからの買収報道のあったユーザベース社の笑い話の一つとして、創業期の頃のトイレ掃除に関する創業者同士のいざこざ、というのを書籍で読んだことがあります。
成功した後に振り返ってみれば人生の良い思い出なのかもしれませんが、避けられるなら絶対避けるべきです。創業当初のスタートアップは、PMFを一刻も早く達成すべき超切実な状況であり、トイレ掃除の順番や仕方について論争している時間なんて本来は一分もないはずなのです。

自社オフィス関係の実務は、意外とCEOの時間を大きく奪います。オフィスの立地、レイアウトや予算、デザイン、日々の掃除当番、鍵の開け閉め、ごみの始末など、さほど難しいものでもありませんが、CEOの関与は不可欠の面倒くさいトピックです。

しかし、これらの雑務を進めたところで、顧客価値には直接の影響もありません。PMFが進展することもありません。

私たちは、自分たちの管理工数が全く必要ないレンタルオフィスを活用することで、大した費用もかけずに、トイレ掃除、備品支給、オフィスキャパ管理、移転手配などのありとあらゆる雑事をアウトソースし、その分を顧客と向き合う時間に費やすことができました。
オフィス以外でも同じです。経理や労務業務、法務系の作業など、他のノンコアタスクも大胆にアウトソースしました。

もちろん、創業期に泥臭いことをやらなくていいというわけではありません。むしろ逆で、最高に泥臭くあるべきですが、その泥臭くなる領域はPMFに関連するもののみであるべきです
雑務をこなしていくのは達成感がありますが、それは自己満足につながりやすいです。
PMFに関連しないことは全て引き算したうえで、徹底的に泥臭いことをやるのです。

5.Fake Workに時間を使わない。

ネットワーキングは典型的なFake Work

スタートアップ業界は、外から見るとなんだかキラキラしているように見えます。Twitterで経営論を語る起業家たち。ビジネスコンテストや登壇イベント。フラットでカジュアルな関係性。とても楽しそうに見えます。

ただ、PMFまでは、キラキラしている(ように見える)スタートアップ/起業家がやっていることは一切やるべきではないと思います。

たとえば、スタートアップの起業家というとTwitterをやっているイメージですが、今でこそTweetしているものの、最近まで私はほぼ何も発信せず、読者としても全く見ませんでした。また、いまだにスタートアップイベントやピッチコンテストには出たことがありません。(SNSやコンテストの存在意義や価値を否定するものではないです。PMFの確信があり、世に広めていくフェーズでは大変有用なものですし、今後、私たちも出ることも十分にあると思います。)

先を行くスケーリングフェーズ(≒認知拡大や採用数が重要になる段階)にいる、成功しているスタートアップがやっていることをつい真似したくなりますが、自分たちがまだその段階に到達していないなら、やるべきことは全くちがいます。はやる気持ちを抑え、ただひたすら顧客とプロダクトに全集中しました。

たとえば以下は基本的には全てFake Work(=PMFにつながらない嘘の仕事)だと考え、自分の時間を使わないようにしていました。

【PMF前のスタートアップの典型的なFake Work】

  • スタートアップイベントに行く

  • 採用広報のnoteを書く

  • Twitterする

  • Salesforceを入れる。営業のトークスクリプトをつくる

  • 資金調達に向けてVCと沢山会う

※これらの施策がその会社にとって意味のあるタイミングもあるかとは思います。ただ、PMFまでは、少なくとも”仕事”ではないのです。

一見してまさに起業家っぽい仕事もまたFake Workになりえます。

賛否両論あると思いますが、わたしは、資金調達活動さえもFake Workカテゴリに位置づけており、とにかく時短で超効率的に調達することを心がけていました。
(私より良いバリュエーションを得た起業家や、素晴らしいピッチをおこなった創業者はたくさんいるかと思いますが、ここまで低工数で資金調達を実施した人はそういないのではないかと思います。社員たちも、「え、坂本さん資金調達終っていたんですか? いつやっていたんですか?」という感じだったくらいです。)

また、逆説的ですが、資金調達に時間をかけすぎず、PMFに集中することが結果的に資金調達を成功に導くとも感じます。詳細は割愛しますが、やみくもに投資家と会いまくるのではなくて、一定の実績とロジックがあり、論理的なストーリーで資金調達ができると判断できたときに一気に動くようなイメージで、二回の資金調達ともに時短で終わらせました。)

VCの意見も役に立つことは多いと思いますが、PMF仮説を深めるために話を聞くべき相手は、顧客だったり、業界専門家だったり、先輩の起業経験者だったりするほうが多いのではないでしょうか。
少なくとも、投資家に何十社も会いにいくくらいなら、その分、顧客に話をするために時間を使うべきです。

Fake Workはしない。代わりに、顧客と向き合いましょう。

持たざる経営に行き着いた真の理由は…

ここまで偉そうに書いてきましたが、PMFは本当に難しいことです。引き算の経営を徹底したからといって辿りつけるわけではありませんし。運も多分にあるはずです。

私たちが歩んだプロセスも、この記事では綺麗なところばかり書かれていますが、実際のところは、非常に不格好なものです。

暗闇の中でもがき続けるような、なんだかアート作品を創り出すような答えのないプロセスだとも感じますし、一方で、次々と問題解決をし続けるような、一生終わらない大学入試試験のようにも感じられます。まあ大変です。

ここまで「私の会社は順風満帆だぜ」感全開で書いてきましたが、そんなことはもちろん全然ありません。大きな問題は何度も発生しています。

そして、本当に本当に苦しいタイミングも、実は一度だけありました。
創業してまだ半年もたたない頃のある日、何の前触れもなく、ぷつんと音が切れるようにエネルギーが枯渇したのです。突然、何のやる気も起きなくなったのです。

ある日突然火が消えることもあります

いま振り返ると、当時は異常なくらいのマルチタスクでした。特に、「小さな子供ふたりの子育て」「前職がまだ完全に辞められておらず、事業責任者しつつ後任に引継ぎ中」「HQは起業したてでPMFの苦闘の日々」が三つを同時進行でこなす毎日が続いていました。おそらく最後のトリガーは、たまたま子育てが本当に大変な一週間。身体的にも精神的にも擦り切れに擦り切れていたというタイミングでした。

起業家だというのに、一切の生産活動、創作活動をしようという気が起きなくなりました。今後どんなに成功しても、何を達成しても、何も価値がないようにしか感じなくなっていました。

起業家として最も大切な資産である「内なる炎」が消えたのです。
(創業時のメンバーは今でもそのときのことを覚えていると思います。その後も、事業面での色んな苦難や問題が発生していますが、おそらくこのときが一番不安に感じた局面だったのではないかと思います。)

ただ。不幸中の幸いでしたが、大学時代に精神/心理系の勉強をしていたり、前職のLITALICO時代に精神疾患について学ぶ機会があったりしたため、すぐに自分が典型的な燃え尽き症候群だと気付くことができました。

私が「引き算の経営」を追求しはじめたのは、実は、この燃え尽きが直接のきっかけです。燃え尽き症候群関連の書籍や専門文献を読み返し、そこに療法として書かれていた対応策を素直に実行しはじめたというのが実は最初の始まりなのです。

引き算に引き算を重ねないと、復活できそうにない。
…という実に身もふたもなく情けない事情によって、私なりの「PMFまでの経営スタイル」が形作られていきました。

幸運なことに、内なる炎は徐々に戻り始め、完全復活後には、編み出された経営スタイルはむしろ強みへと変わっていました。仮にもう一度やり直すとして、たとえ燃え尽きるリスクがゼロだとしても、この経営スタイルを採用すると確信します。
(ちなみに、今は完全に回復しています。ただ、どんな人でも限界を超えることを知ってほしいですし、自称タフガイほど注意してほしいです。私も人生初の出来事でした。今後も注意しつづけます。)

引き算をしていくことで、PMFの旅をドキドキワクワク楽しむことができるはず

たとえ外からどんなに華やかなスタートアップに見えたとしても、「優雅にさらりとPMFを達成しましたよ」なんて事例は、実は世の中にはひとつもないのではないかと私は思います。(そんな事例があったとしても、きっとそれは大したプロダクトではないのではないので、一時的な成功にすぎないのではないでしょうか。)

この記事が、あなたのPMFに向けた苦闘の日々が、少しでも楽しく軽やかな挑戦になる一助になれば、心から嬉しく思います。



※注:本記事はリモートHQのケーススタディにすぎない

PMFのために必要な引き算は、マーケット、ビジネスモデルや創業者の経歴など、多くの独自要素に左右されるものです。

リモートHQの場合は、「在宅勤務手当の非課税かつ成果直結版」という全く新しい価値を訴求していました。

導入企業の満足度や生産性調査結果、継続意向など、顧客満足はほぼ完璧でしたが、競合は皆無で全く認知されていないカテゴリであった点や、自社倉庫や物流が必要で極めて複雑なバックエンドオペレーションが必要な点などに、PMFの難しさがありました。

一社一社で引き算の形はちがってしかるべきかと思いますので、あくまで参考として本記事を活用いただければ幸いです。


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