正田幸大

正田幸大(しょうだ・ゆきひろ) 1980年兵庫県神戸市生まれ。

正田幸大

正田幸大(しょうだ・ゆきひろ) 1980年兵庫県神戸市生まれ。

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  • 息子君へ

    息子君へ 遅れてしまったけれど、一歳の誕生日おめでとう。 俺は君のお父さんだよ。けれど、そういう言い方をすると、もしかすると、今俺が語りかけている君は存在しない人間になってしまう可能性もあるし、よくないのかもしれない。もっと確実な言い方をしておくなら、俺は君が母さんのお腹の中で受精した頃から君が生まれて出てくる頃まで君のお母さんと不倫していた男だよ。(本文抜粋)

  • その他いろいろ

    その他いろいろ

最近の記事

【連載小説】息子君へ 235 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-6)

 そんな話聞きたくないと言われて、ひどいショック状態になってしまったのは二十九歳の終わり頃の話だったけれど、俺にとって、自分の心が止まっていくのは、その出来事からひとつづきの流れでそうなったものだった。  付き合っているひとにそんな話聞きたくないと言われて、しばらくまともじゃない状態になって、半年くらいして少し落ち着いてきて、それから一生で一番はっきりと恋している気分で数ヶ月を過ごして、その恋がダメになって、またまともじゃない状態にへこんで、だんだん気持ちは落ち着いてきたけれ

    • 【連載小説】息子君へ 234 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-5)

       俺はひとりで拗ねていたわけじゃないんだよ。俺はずっと他人が俺を遠ざけようとするのを確かめてきた。他人が別の他人を遠ざけているのもずっと見てきたし、表面的にはどんどん仲良くなっていっても、距離が近付くほど気持ちを受け取らないようになっていくのものなのだということをずっと確かめてきたんだ。  みんな、相手の気持ちに反応するのが面倒くさかったり、どうしても自分の思うようになってほしいという気持ちよりも相手を大事にすることができなかったりするのだろう。それこそ、ケンカとか別れ話みた

      • 【連載小説】息子君へ 233 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-4)

         俺は子供の頃からずっと、あのひとと友達になりたいと思って誰かに近付くということをしなかった。ひとがたくさんいるところにいて、みんなのことを眺めていても、あのひとと仲良くなりたいとなんとなく思うことすらなかったんじゃないかと思う。そういうことは、なりゆきでそうなることで、仲良くなりたくて仲良くなるようなものではないような感覚がずっとあった。女のひとのことはそれだけだと難しいなと大学時代に思ったのだろうけれど、それは完全に女のひとに対してだけだったのだと思う。  俺は知らないひ

        • 【連載小説】息子君へ 232 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-3)

           どうして自分のまわりにいるひとたちと一緒に楽しくやろうとしなかったんだろうとは思う。タイプ的に違ったかもしれないけれど、そんなにタイプが違うことを気にすることもなかったはずなのになと思う。  けれど、俺は相手を見ていて、なんとなく噛み合わないものを感じると、その噛み合わなさがどういうものなのかということを確かめるような感覚でそのひとに接していたのだと思う。むしろ、違いを確かめるようにして接していたわけで、打ち解けるのとは逆方向の距離感で相手を見ていたのだ。  けれど、合わな

        【連載小説】息子君へ 235 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-6)

        • 【連載小説】息子君へ 234 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-5)

        • 【連載小説】息子君へ 233 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-4)

        • 【連載小説】息子君へ 232 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-3)

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          続・美林華飯店での昼飯の自分にとっての特別さ

          美林華飯店は夜もめちゃくちゃに美味しかったし、夜のコースでいろんなものをちょこちょこと食べさせてもらうのも、料理を出されるたびに美味しいねと話しながら飲んでいられて、とても幸せなものだった。 けれど、肉体的に幸福感が強烈な体験としては、夜に食べるよりも昼飯のほうがすごかったというのは、俺にとっては目先を変えずに一つのメイン料理を延々と食べながらご飯を食べるのが、一番美林華飯店の味を楽しめる食べ方だったからなのだと思う。 一つの炒め物なり煮物なり揚げ物でご飯をお代わりしなが

          続・美林華飯店での昼飯の自分にとっての特別さ

          【連載小説】息子君へ 231 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-2)

           俺の場合、ある程度気を許し合えた感じで接していられる友達付き合いというのは、中学の後半とか、高校になって以降にやっと始まった感じだったのだと思う。当時も誰のことも対してそこまで友達だとは思っていなかったけれど、今から思えば、小学生くらいの子供というのは、まだまだかなり動物的で、他人に対しての警戒心が強くて、心を開いているという感じでは他人と接したりないものなのだろう。楽しく遊んでいるようでいても、何かあれば、ふいと目を逸して、そのままそこからいなくなって、もう次の日から話し

          【連載小説】息子君へ 231 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-2)

          【連載小説】息子君へ 230 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-1)

          45 俺はかわいそうだと思われたかった 俺はきっと悲観的すぎるんだろうね。自分をよくないものだと思って、消え入るべきものとしての自分についてあれこれと考えて、そういう観点から世界全体を眺めて、そのせいでくすんでしまった世界に、別に生きていたいとも思えないとつぶやいて、ひとりになってうずくまっているというのが、今の俺なのだろう。  生きているだけでそれなりに楽しい状態を維持してやってこれたはずだったのに、どうしてなんだろうなと思う。  けれど、それは関わりたくないひとと関わって

          【連載小説】息子君へ 230 (45 俺はかわいそうだと思われたかった-1)

          【連載小説】息子君へ 229 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-4)

           若い君はどんな気持ちでこれを読んでいるのだろう。けれど、したいことがないし、楽しみにしていることもないのだから、生きていたいと思うことの方が難しいだろう。自分としては、自然な気持ちとして、生きていなくていいのになと思っているようにしか思えなかったりしているのだ。  俺の人間観の問題もあるのだろう。俺は昔から、街でひとりで何かをしている老人たちや、びっくりするほどくだらない話をしながら、さほど楽しそうにも見えないわざとらしい笑顔を向け合っている老人たちの姿を見ていて、よくない

          【連載小説】息子君へ 229 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-4)

          【連載小説】息子君へ 228 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-3)

           まだ心が止まっていない君からすれば、老人のことなどどうでもいいだろうけれど、日々の目に映る景色の中で行き来している感情がどういうものなのかイメージするためにも、歳を取るというのはどういうことなのかというのは、早めにわかっておいた方がいい。自分と心が止まっているひとたちは全然違う存在なんだと思っておくことで、すんなりと理解できることがあるし、そういうひとたちを眺めていて感じ取れることも増えるのだと思う。  君が育つ世界はあまりに視界に老人が多く入ってくる世界なのだろう。学校の

          【連載小説】息子君へ 228 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-3)

          【連載小説】息子君へ 227 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-2)

           俺は昔の友達とは、まだ独身のままな変わったひとたちとしか会うこともなくなっているから、まだそこまでそう感じたことはないけれど、それなりに面白いやつらと友達で、いつも面白い話をできていて、自分もそれなりに面白いことを言えていると思っていたひとは、仲間がみんな歳を取っていって、みんながそれぞれ自分につまらないなと思いながら、お互いのことも昔みたいには面白く思えなくなっていくことに、どうしようもなく悲しい気持ちになっていたりするんだろうと思う。  つまらないやつになっていくのは、

          【連載小説】息子君へ 227 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-2)

          美林華飯店での昼飯の自分にとっての特別さ

          麻布台ヒルズができてから、久しぶりに美林華飯店で食べて、改めて思ったけれど、本当に自分にとって美林華飯店で昼食を食べることには特別な喜びがあるんだなと思った。 炒め物でも煮物でも揚げ物でも、たっぷりのおかずを、ご飯をお代わりしながら、ずっと一口ごとに美味しいなと思いながら食べ続けて、お腹いっぱいになってきても、ずっと美味しいままで食べ終えていた。 美味しかったなと思いながら、軽く口を落ち着かせるくらいの味わいのデザートと、こだわりのなさを感じるコーヒーで一息ついて、店を出

          美林華飯店での昼飯の自分にとっての特別さ

          【連載小説】息子君へ 226 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-1)

          44 心が止まったあとに何が残るんだろうね 心が止まるというのは、ただ歳を取って衰えるというのとはまた違ったもので、だからそこで人生は変質してしまうけれど、そこからも人間はまだまだ生きないといけない。  俺はまだ若者時代が終わってからさほど見た目も体力も衰えていなくて、痛いところもなくて、趣味とか時間の使い方もこの十年変化がないような感じではある。だから、みんなから老人だと思われるようになっていくということがどういうことなのか、まだ全くわかっていないのだと思う。  とはいえ、

          【連載小説】息子君へ 226 (44 心が止まったあとに何が残るんだろうね-1)

          【連載小説】息子君へ 225 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-13)

           いろんなことを書いてきたけれど、セックスの力が強大で、心が死んでもセックスは続くというのがどういうことかわかっただろうか。実際、俺は君のお母さんと不倫していた頃にはもうほとんど心が止まっている状態だったのだろうし、話が噛み合わなくて自然と楽しくなれなかったとはいえ、黙らされているような気分になって、何を言う気も失っていたのは、心が止まっていたからだったのだと思う。二十代の頃なら、君のお母さんと不倫して話が合わなくても、ちゃんと聞いてくれないむかむかした気持ちを相手にしっかり

          【連載小説】息子君へ 225 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-13)

          【連載小説】息子君へ 224 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-12)

           子供時代に触れる情報や、思春期くらいからの活発なポルノ的コンテンツやポルノの消費によって、君たちの育つ世代の性についての意識は、俺の育った世代とかはかなり違ったものになるのだろうと思う。  君たちの世代は、俺の世代とか、それ以上の世代のひとたちくらいに、セックスを好きになれるんだろうか。きっと、そこで何よりも大きく影響するのも、生まれつきなり、育てられ方なりで、ひとの気持ちをあまり感じていないひとが増えていることと、そういうひとが増えることで、そういうひととの関わりに慣れす

          【連載小説】息子君へ 224 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-12)

          【連載小説】息子君へ 223 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-11)

           どれだけセックスが飛び抜けてひとを喜ばせるもので、どれくらいほとんどのひとにとって、セックスくらいしかひとに喜んでもらえることがないのかということを君はわかっていないといけない。そうでないと、どうして世の中がこんなにもセックスのことばかりを大事なこととして扱い続けているのかということがわからなくなってしまう。そして、君の生きる時代がまさにそうなるのだろうけれど、セックスが嫌いなひとたちや、セックスはたいしたことがないものだと思っているひとたちが増えていくことの歴史的なインパ

          【連載小説】息子君へ 223 (43 人生は終わるけれど勃起は続く-11)

          本当の自分なんてないと思っているのはその人だけ

          本当の自分なんてないと思っているのはその人だけ。 その人を見ている人からすれば、その人はいつでも、誰といても、携帯電話を操作していたり、パソコンの画面を見つめているときですら、その人以外の何者にも見えることはない。 いつだってその人は、その人らしさの範囲でしか動くことも表情を作ることもない肉体でしかないのだから、それは当然のことだろう。 自分の身体感覚を自分だと思わずに、自分の思考内容や行動選択を自分だと思っているような人が、自分を見失って空回りを繰り返したあとで、本当の自

          本当の自分なんてないと思っているのはその人だけ