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金井真紀書評『香川にモスクができるまで──在日ムスリム奮闘記』

この本は神がかっている。いろんな意味で。
もちろん全体に漂うのはアッラーの存在感だ。主人公のフィカルさんは15年以上前から香川に暮らすインドネシア人。毎日5回のお祈りを欠かさない敬虔なイスラム教徒で、モスク建立を思い立つくらいだからアッラーへの信仰心が半端ない。神様が随所に出てくるのは当然である。だが、それだけではない。イスラム教徒に言わせれば「アッラーのほかに神はなし」なのだろうけど、あぁわたしには見えてしまったよ、降臨する取材の神様の姿が。

書名の通り、本書は「香川にモスクができるまで」を追ったノンフィクションだ。ただしそれは、モスク完成後に関係者にインタビューして一冊にまとめました、なーんて生やさしいものではない。著者の岡内大三さんがフィカルさんに最初に会ったとき、モスク建立計画は単なる夢物語だった。どの地域に土地を買うか、あるいは物件を購入するか、なにも決まっていなかった。それどころか、「これから1000万円を集める」という段階。香川のインドネシア人コミュニティーの大半を占める留学生と技能実習生にとって、それは気が遠くなるような金額だ(そして計画が進むうちに、彼らはなんと2800万円を集める必要に迫られるのだった)。そんな状況で岡内さんの取材はスタートする。ゴールが見えない計画の、つまりゴールが見えない取材。そこに2年近く密着し続けた岡内さんは偉い。偉いし、相当な変人だ。

計画はすんなり進まない。新型コロナウイルスの出現や、仲間とのトラブルなどさまざまな困難が立ちはだかる。でもだからこそ、岡内さんの取材は深みを増していく。どう考えても無理筋なのに、なんで彼らは諦めないんだろう?  そこまでモスクに執着する理由はなんだろう? 岡内さんはモスクを作りたいと奮闘するインドネシア人たちに疑問をぶつけ、彼ら彼女らと付き合うなかでさまざまなことを知っていく。「私たち、日本人から『あなたテロリストやろ?』って言われることがあるんです」「もっと仲良くなりたいんや。モスクがあれば、もし食べるのに困っている日本人がいたら、食事をわけてあげることもできるし、災害があったら避難所にも使えるやろ。」「みんなそれぞれ役割がある。それは神様が与えてくれるもの。焦る必要はない。」……。在日インドネシア人たちの日常の言葉が読者の胸に沁みてくる。イスラム教ってそういう宗教か、日本に住む移民の気持ちってそういうものか、とゆっくりじんわり沁みてくる。一見「すんなり進まない」顛末に、本書の肝が炙り出されてくるのだ。誰もやらない取材をやった人にだけ書けるものがあるんだなぁ、とわたしはしみじみ感じ入った。

フィカルさんたちの粘りが奇跡を呼び、ついに岡内さんの原稿にゴールシーンが綴られる日がやってくる。香川の田舎町で繰り広げられたインドネシア人たちの壮大なドラマに伴走し、先が見えない取材を延々と続けたノンフィクション作家に取材の神様がほほえむ。その瞬間をぜひご堪能ください。

金井真紀(かない・まき)
1974年、千葉県生まれ。テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て、2015年より文筆家・イラストレーター。著書に『はたらく動物と』(ころから)、『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『戦争とバスタオル』(安田浩一との共著、亜紀書房)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『聞き書き世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)、『酒場學校の日々』(ちくま文庫)など。

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