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【題未定】「私」という人間を作った小説『銀河英雄伝説』【エッセイ】

 先日、家人と中高時代に影響を受けた本はあるか、という話になった。以前もこのエッセイで書いたことではあるが、私の内的、精神的な部分に影響を与えたのが夏目漱石や池波正太郎だ。しかし、その時は政治関係の話からの流れだったため、別の作品が頭に浮かんだ。自身の政治や社会に対する視点や批判的思考の源泉になった作品が私には存在する。それが田中芳樹の『銀河英雄伝説』である。

 『銀河英雄伝説』は1982年から7年間に渡って書かれた、いわゆるSF小説にあたる作品だ。舞台は現代から遠い未来、人類は地球を離れ遥か彼方の星系で高度な文明を持って暮らしている。主人公は二人の青年で、彼らはその世界を二分する国家にそれぞれ生まれており、その才覚をもって立身出世をしていく。一人は圧倒的な天才で専制国家の中で自身の能力を武器に成り上がって最高権力者にまで上り詰める。もう一人は知略に優れた奇才だが、民主共和制が内包する衆愚性に阻まれて、あるいは制度そのものの犠牲となり自身の破滅と亡国の道へと導かれる、という内容だ。

 本作では個性豊かなキャラクターのやり取りや彼らの活躍が売りの一つでもあった。しかし最も私の興味を引いたのは二人の主人公の言葉として表現される政治体制や社会の矛盾への批判だ。本作において身分制度による不平等が組み込まれた専制国家側においては、圧倒的な天才が驚異的な速度で国を豊かに変える一方で、民主制が不毛な議論と足の引っ張り合い、衆愚政治によって転落していく姿が描かれる。しかし一人の主人公はそれに対して以下のように語る。

「私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている」
「民主主義とは力を持ったものの自制にこそ真髄があるからだ。強者の自制を法律と挙行によって制度化したのが民主主義なんだ」
「専制とは、市民から選ばれない為政者が権力によって市民の自由を奪い、支配することだ」

 この辺りのセリフは私の政治や社会制度に対する意識の根源を成している。もちろん、この作品はいわゆるライトノベル的な中高生向けの小説でもあり、政治学などの専門的な内容をきちんと整理できているわけではない。しかし、中高生である私に刺激ときっかけを与えるには十分すぎるものであった。

 本作で描かれるエピソードはかつての歴史の1ページをオマージュしたものが多いが、面白いのはそれらがこの作品以降において起こる出来事を想起させるものがいくつもあるということだ。歴史は繰り返すと言えばその通りなのだが、小泉劇場や小池百合子などの動きは本作を思い出させてくれたのを覚えている。

 私自身は作者である田中芳樹氏に連なる思想信条ではないし、必ずしも本作で語られる政治的な方向性を一にしているかわけではない。しかし中高生がこうした作品を読むことで政治や社会に関して関心を持つことは決して悪いことではないだろう。今の若者にも勧めてはいるが、古い作品の場合はどうしても読みにくい部分があるのも確かだ。こうした作品が現代の若者向けに新たに出れば、政治への無関心の緩和に繋がるかもしれない。

もし『銀河英雄伝説』を読んだことのない方がこの文章を読んで興味を持ったのならば、ぜひ一読することをお勧めしたい。

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