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【2021/1の記憶①】Adoと崎山蒼志に見る、18歳の感じる"怒り"

先月の興味深かった記事をもとに、あえて少し時間を置いて振り返り、考えをまとめてみる企画。音楽やIT、テクノロジーなどなどの記事をベースに、ジャンルを横断した内容を目指す。

最近Adoの勢いが止まりません。2021年の注目アーティストの一人として、確実に名前が挙がるだろう彼女ですが、昨年10月23日にメジャーデビュー曲としてリリースした「うっせえわ」のロングヒットが続いています。

Billborad JAPANのチャートを見ても、どの指標においてもロングヒットを続けており、その勢いは止まるところを知りません。

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Googleトレンドを見ても、2021年に入ってからの人気度の上昇率には目を見張るものがあります。

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ヒットの要因は色々とあるでしょうが、その点は今回書きたいことではないので、他の記事に譲ります。ただ、自分もその歌声にかなり惹かれましたね。

ちなみに、最近はメディアへも徐々に顔を見せる機会が増えているようで、その点も、ヒットの要因になっていることは間違いないでしょう。正直もう少しメディアとは距離を取りつつ活動するのかと思っていましたが、最近の動向をみると、YOASOBIのようにメディアをうまく使いつつ、活発にかどうしていくのかなと思っています。


さて、「うっせぇわ」ですが、タイトルもそうですが、その強烈な歌詞について、良くも悪くも大きな注目を浴びているように思います。

正しさとは 愚かさとは
それが何か見せつけてやる

という幕開けからすでに、社会に向けた何かしら強い感情を感じます。
この曲の作詞作曲は、ボカロPのsyudouではあるのですが、Adoの公式特設ページには、Ado本人も歌詞に共感することがあるということが見て取れます。

「内に秘めていた思いとか今まで思ったことをそのまま吐き出しているありのままの自分を見せたいですね。ありのままって言ったらこの曲に関してはすごい物騒ですけど、事実でもあるので」


この歌詞に、何か違和感を感じるというのも、よく分かります。あくまで自らを正当化しつつ、"なにか"を悪に見立てて、そこに"うっせぇわ"という言葉を吐き捨てる。この構図には、あまり関心しないという人もたくさんいるでしょう。
ここで歌に対して語られていること、そして起きていること、すべてに共感はできずとも、理解できる部分は多分にありました。


しかしそれでもこの曲が、おそらくティーンを軸にヒットしているということは事実だし、それが意味するところは何なんだろうか、ということをぼんやり考えている中で、たまたま読んだのが、こちらも先日メジャーデビューし、アルバムをリリースした崎山蒼志のインタビューです。奇しくも、Adoも崎山蒼志も18歳です。

このインタビューの中で、彼はこのように話しています。

―“waterfall in me”や“目を閉じて、失せるから。”は打ち込みの楽曲ですけど、これらの曲から、僕はすごく「怒り」を感じたんです。それは歌詞から読み取れるものでもあるんですけど、崎山さんご自身としては、このアルバムに「怒り」という感情はどのくらいあると思いますか?

崎山:中学生ならではの憤りや閉塞感は“Heaven”とかに出ていると思うんですけど、それとは違う今の自分の怒りは、その2曲には相当入っている気がします。
崎山:もちろん、まずは「こんな音楽を作ってみたい」からはじまるし、“目を閉じて、失せるから。”は自分でも何を言っているのかわからない曲なんですけど、ただ、衝動と、どこに対して発すればいいのかわからない怒りはたしかにあるような気がします。

これを読んだ時に、Adoも崎山蒼志、どちらもやり場のない"怒り"を感じており、その"怒り"を表現しているのは同じであって、その表現の方向性が違うだけなのではないかと思いました。

Adoの歌は、何が何だかよくわからない、とにかく複雑な現代において、もうどうしようもなく、分かりやすい"怒り"の言葉として表現した、というように感じています。別にこの"怒り"が必ずしも筋が良いとは思っていないのではないかということが、歌詞の最後の

アタシも大概だけど
どうだっていいぜ問題はナシ

という箇所からも見て取れます。自分が正解だと言いたいわけではないのだが、そう言うことでしか、今抱えている"怒り"を表現できなかったのではないか、ということです。

崎山蒼志は、これまでの印象をガラッと変える、打ち込みによるエレクトロミュージックで、その"怒り"を表現しています。
JPEGMAFIAが参照先に挙がる、世界が壊れかけているかのように、過剰でぶっ飛んだエレクトロミュージック。ここには、やり場のない"怒り"が強く込められているように感じます。


だから何なのか、というのは正直よくわかりません。ただ、Adoの歌詞を、幼稚・稚拙というような簡単な言葉で片付けるのではなく、その先まで見なければいけないということは確かではないか。そして、そこでは"怒り"というキーワードを、もっと深く考える必要があるのではないかと思います。

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