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食肉切断屋。

 ころころころころ……。
 キャリーバッグを引きながら、湿った夜の街を歩く。
「湿気の街」の廃れた住宅区域。
 ここから匂いがする。鮮度の高い、夜の匂いが。
「死んでしまいましたな」
「死んでしまいましたよ」
 一軒家と一軒家の間にぽっかりと空いた闇から、羊のお面を被った男女が歌うように嗤いながら出てきた。
 彼等がいたってことは……。
 羊のお面の男女がいた路地裏へ向かう。
 やっぱり。
 僕が培ってきた勘は高確率で的中する。
 左側の一軒家。2階のベランダの柵からぶら下がっている縄で、女が首を吊って死んでいた。
 何故、家の中ではなく、外で自殺したのかは全く分からない。
 が、そんなのはどうでもいい。
 今大事なのは、彼女が美人だということ。しかも、死にたてほやほやときた。
 新鮮で、美女。
 ここまでの上玉はなかなかない。
 胸を躍らせながらキャリーバッグを開き、中からブルーシートと糸鋸を取り出す。ブルーシートは女の縊死体の下に敷き、糸鋸を右手に持つ。左手にある室外機の上に乗り、左腕で女の両脇辺りを抱く。糸鋸で首吊り用の縄をゆっくりと切る。重力に従って地面に落ちそうになる死体を左腕でしっかりと抱え、室外機から降りる。そうして、丁寧に、予め敷いておいたブルーシートの上へ、肉塊と化した女を仰向けに寝かせる。
 思わず、溜息が漏れた。
 疲れたとかそんなのじゃない。
「……綺麗だ」
 死んでも尚……いや、死んでいるからこその儚さ、脆さ、危うさが色気となって、彼女から最大限の魅力を引き出している。
 糸鋸を地面に置き、身体に傷が付かないよう細心の注意を払いながら服を脱がす。
 女が着ていた白いワンピースと下着は捨てずに綺麗に畳んで、キャリーバッグから取り出した布袋に入れる。そして、再びキャリーバッグへ。
 所有者が死んだ女物の使用済み衣類は、一部の界隈で高く売れる。
 世の中には、特殊な性癖が存在するのだ。
 ぎきょ、ぎきょ、ぎきょ……。
 糸鋸で女の縊死体を切断する。
 なるべく断面が荒くならないように、意識を糸鋸の刃先へ集中させる。
 ブルーシートの上に、切断した頭、胴、両腕、両脚を綺麗に横並びにする。キャリーバッグからサランラップの箱を取り出す。切断した死肉をサランラップで1つ1つ丁寧に包む。更にブルーシートでそれ等全てを包んで、サランラップの箱と糸鋸と共に、キャリーバッグへ入れる。
 これが食肉切断屋の仕事。
 後は家に帰って、もっと細かく加工し、袋詰めにする。
 この街では需要があるのだ。
 口に入れられる程度の大きさになった人肉が。

*

 ころころころころ……。
 再び、キャリーバッグを引きながら、次の死肉を求めて歩く。
 この仕事をしている所為か、あまり人が寄ってこない。言わなくても分かるのだろうか。僕が人の死を商売にしている、禁忌を侵した人間だってことが。
 まぁ、いい。気にしていない。むしろ、その方が安心して仕事に打ち込める。別に何とも思ってなんかいない。
「おーい。切断屋さんじゃないか」
 よく知る中年男が話しかけてきた。
「あ、腎さん……どうも」
 軽く頭を下げる。
「どうだい? 今夜もいいのが入ったかい?」
「えぇ、腎さんの喜ぶような……かなりの上玉が入りました。明日、店開けるので、是非いらしてください」
「そりゃあ、楽しみだ」
 彼の作る「肉ラーメン」は、とびきり美味しい。
「じゃあな!」
「では、また」
 次はラブホ区域に向かおう。そこから死肉の匂いがする。
 被っているガスマスクを取り、分厚い雲に覆われた濃紺色の空を眺める。
 鮮度の高い、いい夜だ。



【登場した湿気の街の住人】

・食肉切断屋
・羊のお面の男
・羊のお面の女
・ラーメン屋、「腎」の店主

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