原点


初めてオープンマイクに行ってきた。オープンマイクというのは、ライブハウスやバーなどが開催しているイベントで、当日参加費を払えば楽器を弾けなくてもプロじゃなくても誰でもステージで歌えちゃう!「お店のマイクを飛び入りのお客さんに開放する」という意味のオープンマイクだ。

前々からオープンマイクは興味があって、今回は自分の身体が鈍らないようにするため、そして私のことを知らないお客さんの前で歌いたいという思いがあったので参加した。ブッキングライブでも良いけれど、ノルマが掛かったり告知をしなくてはいけないので、今回はオープンマイクで新しい環境で歌うことにした。

行ったことのない会場だったため、緊張しながら扉を開け、店長にご挨拶をして参加費を払った。ここのオープンマイクは演奏時間10分で2ドリンク、お菓子付きで¥2,500で参加できる。ライブハウスの店長とは別に、オープンマイクの主催の方がいらっしゃって、ご挨拶をした。優しそうな方で安心。

会場のほとんどがオープンマイクに参加する常連さんで埋まり始め、約10組ほど。出番が発表され、私はちょうど真ん中あたり。最後は店長とPAの方も参加するというのがお決まりらしい。なんともアットホーム!

主催の方のご挨拶から始まり、オープンマイクスタート!ギターはお店のアコギを借りて2曲、自分の曲を歌うつもりだった。そしていざ下町ノ夏の出番になった。

「よろしくお願いします!下町ノ夏です!」

パチパチパチパチ!(あったかい!)

1曲目は「ANSWER」
イントロを弾いている途中で、歌い出しの歌詞が飛んだ。頭一文字すら出てこなくて、ひたすらイントロを繰り返している!どうしよう、出ない!パニック!ギターを一旦止める。

「すみません、歌詞が飛んじゃいました!」

正直に言った。どうやらどうしようもなく緊張していたらしい。ANSWERの歌詞が飛ぶなんて今まで一度もない。

「大丈夫だよ!」

主催の方の温かい声援。その瞬間、

「(強く演じることがァァア!)」

稲妻のように歌詞が落ちてきた。思い出した。よかった。再スタートしよう。そして1曲目を歌い終わった。歌い終わったけど、喉が締まりすぎて今度はむせ始めた。もうボロボロやん…しんどい…

そして無事、10分のステージが終わった。弾き語り、ステージで歌うのは去年の9月ぶり。自分にとってはリハビリだった。結果はだめだめだった。緊張した。うまくできなかった。かっこよく歌えなかった。たった10分の自分のステージ、二度と思い出したくなかった。楽しみにしていたオープンマイクがこんな思い出になるなんて…早くこの場を去りたい…恥ずかしい…そんな思いだった。

が。

今回のオープンマイクで、とある女性のステージに私は魅了されてしまった。彼女のステージを見て、帰り道私は「オープンマイク来て良かった」と考えが180度変わった。彼女は私より年上の方で、このライブハウスの常連さんらしい。ピカピカのマーチンを抱えてマイクの前に座った。そして、オリジナル曲を歌い始めた。

「♪シークヮーサーサワー おいしい〜」

決してギターも歌もプロの方ではない。この曲は「わたしはいつもライブハウスに来て、シークヮーサーサワーを飲んでいる時が一番幸せ」という曲なんだけど、このシンプルでストレートな歌にやられてしまった。そしてギターを一生懸命に弾いている姿、途中止まりながらも前に進む歌が、私の心の奥の奥のずーっと奥、音楽を始めた時の「原点」を呼び起こしたのだ。

彼女はここのライブハウスが出しているグッズのトートバッグを持っていた。そこには、おそらく彼女がファンであるシンガーソングライターの直筆サインがたくさん書かれていた。ここからは私の妄想。彼女は音楽が大好きで、このライブハウスが大好きで、出演しているシンガーソングライターの方が大好きで、もう大好きすぎてアコギを買ってしまった。そして一生懸命練習して、ギターレッスンにも通って、そしてあの人みたいにと、オリジナル曲を作りたいという欲望まで生まれたのだ。そしてそれを大好きなライブハウスで披露した。こんな幸せな事はあるだろうか。

私は忘れていた。中学の時、ゆずに憧れてギターを買ってもらった。下手なりに難しいコードが弾けた時の喜びや、弾きながら歌えたことの達成感。誰かに披露して、上手いって言ってもらえたこと。あの頃の、音楽に対しての熱い気持ち。忘れていたもの、それなんだよ。

上手く歌わなきゃいけない。カッコよく見せなくてはならない。良い曲や歌詞を作らなければ。そうしないとファンの方は離れる。活動できなくなる。そんな、いつからか出来てしまった固定概念を、彼女は真正面からぶち壊してくれた。歌が上手いだけが良いんじゃない、カッコよければいいわけじゃない。曲が良いから売れるんじゃない。何にも代え難い熱い思いは、ダイレクトに人に届く。

原点に帰った私は、地下鉄の中、なんだかずっと胸騒ぎがしていた。年齢なんて関係ない。魂は腐らない。私のファンの方も、私がきっかけでギターを始めたり、今まで行ったことがなかったライブハウスに足を運んでみたり、聴いてこなかったジャンルを聴き始めたりと、自分が誰かの気持ちを動かしていることは何より嬉しい。自分が中心になり、波紋のようにそれがもっともっと広がっていったら、音楽を届けている意味をさらに実感できるような気がする。

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