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湖で生まれた葦の獅子舞とは?長野県大町市木崎湖にて、「原始感覚美術祭」に参加

獅子舞の生息のため空間や時間の余白、他人への寛容さなどを探る。この試みを獣の住処を探す感覚で「獅子舞生息可能性都市」と呼ぶ。獅子舞の制作と町への出没、舞い歩きを通して、3人組のアーティストユニット「獅子の歯ブラシ」はその可能性を追求する。

今回訪れたのは、長野県大町市木崎湖。この地に獅子舞が生息するとしたら、どのような姿をして、どのように舞い歩くだろうか?2023年8月20日〜28日、3人組の獅子舞ユニット「獅子の歯ブラシ」は原始感覚美術祭の参加作家として、湖のシシづくりに取り組んだ。滞在の期間に考えたことを、獅子の歯ブラシメンバーの1人、稲村の視点で振り返る。

長野県大町市の概要

長野県大町市は長野県北西部に位置しており、人口約2.5万人(2023年)の市である。大町市は古くから長野県松本市と日本海を結ぶ塩を運ぶ道(塩の道)の中間地点であり、交通の要所として栄えてきた。北アルプスの玄関口の1つであり、仁科三湖(青木湖、中綱湖、木崎湖)のような湖も豊富に存在する。これらで行われる登山やボート乗り、パラグライダーなどの自然アクティビティを求める、観光客によって賑わいを見せている。

木崎湖に潜むネッシーとは、いかなる生物か?

大きく澄んだ湖のほとりには、葦が生い茂っている。直立しているその穂先は、青々とした入道雲が広がる空を指す。湖面には深緑色の山々を映し出され、さわさわと波を立てながら恒久の時を刻む。そんな風にして湖の風景と向き合っていたら、汚れた世界とは無縁な純粋な心が湧いてくる。

この湖に生息するシシは、ネッシーのような存在なのだろうと思った。あるいは22日に訪れた雨乞いのために川に流される唐猫様のような可愛らしい守り神かもしれないとも考えた。いずれにしても、湖の中から現れて湖の中に消えていく。人間の生活の営みが湖を中心として形成されているように、その祈りの発生と消滅はこの湖を起点として行われるのかもしれない。

シシづくりはまず葦に注目した

シシの素材は葦(あし/よし)だと思った。湖固有の素材といえば、葦が直立していたのが印象的だった。特にボートに乗った際に、間違えて葦の茂みに突っ込んでしまって、その時に、あ、葦っていいなと思った。しかし、葉っぱの手触りがざらざらとしており扱いずらい事からどうしても躊躇してしまった。ただし、最終的には葦の茎のみを使う事で、やりようによっては葦をうまく生かすことができるとわかった。そのほかの素材、例えば木崎湖には固有の魚が住んでいるという話なども聞いたが、結局、葦が最も手に入れやすく汎用性のある素材である事から、これに決めた。

葦のすだれは獅子頭、新しいシシの誕生

形へのイメージは沸いていなかった。そこで、とにかく葦を触ってみることにした。葉っぱを取って、茎だけにして、均等にハサミでカットしてそれを麻紐やタコ糸でつなげてみた。そしたらジャラジャラと音が鳴った。なんだか葦の連なりが、湖の湖面に見えてきた。ああ、これはまさに木崎湖のシシだと思った。この葦の連なりを開いたり閉じたりするという行為は、獅子舞が口をパクパクと開閉する行為と同じかもしれない。また、これを使って、いろいろと厄を祓いたい対象物に抱きつくこともできるので面白いだろう。そのような思いつきから、これを獅子頭にすることに決めた。また、これだけでなく、黒い腹かけを頭に巻いてその上から、同じような葦の連なりを首の周りにも巻くことで、さらにインパクトのあるビジュアルが完成した。

また、問題は胴体である。ここには地域の人からもらった稲わらや布を使うという案もあったが、全て葦で統一することですっきりとして、訴えかけるようなものがある気がした。そこで、葦の内部が空洞であることを生かして、そこに凧糸を通してつなげ、その繋がったものを縦と横で重ねてつなげ直し、それを被って胴体とした。今回の獅子頭と胴体の制作は、過去で最も時間がかかったとも言えるだろう。その甲斐あって、新しい獅子舞の所作を生み出すことができた。

自由に湖畔を闊歩するシシ

8月26日10時から12時でシシの舞い歩き、27日のお昼は源流美朝太鼓・夜は原始感覚獅子舞との共演、28日11時から10分ほどで獅子の葬儀をそれぞれ行った。

シシの舞い歩き

シシの舞い歩きは湖畔から始まり、西丸震哉記念館を通り、上諏訪神社へと向かった。途中、集落の家の倉庫に入ったり、玄関前で舞う門付けをしたり、道路の真ん中を横切りながら演舞したりと、自由勝手気ままに振る舞うシシが現れた。獅子頭を洗濯物干しにかけたり、階段に敷いたり、電柱に抱きついたりということもあった。また、獣避けの電気柵に触れた時に、なかなか獅子頭が外れなくて絡まってしまった時に、ビリっときた時はびっくりした。2度も電気が身体に伝わってきて、危険な場面だった。あとは、湖の水がテーマでもあるため、その源流が感じられる湧き水も飲んだ。最後は再び湖畔に戻ってきた。

一連の流れの中で、地域住民は少なくて基本家か車移動でどこかに出かけている人が多く、シシを目撃されるという機会は少なかった。シシはどこか単調に歩く時間も長かったように思われる。だから、人の気配を感じる存在を逆に探していた気がするし、人の気配がなかったからこそ、自由勝手気ままに振る舞うシシが誕生したようにも思う。湖の葦がすくっと立っているから、僕はどこか背筋を伸ばして堂々と歩きたくなった。だから電気柵に触れてしまった時は余計に、その自由が奪われた気がして、なんだか野生のイノシシの気持ちになった。

また、このような感覚も得た。上諏訪神社から湖畔に進むには、電車の線路を越えねばならない。そこで湖と町とが断絶されていて、湖は観光客のもの、町は地域のものという風に2分されている。だからこそ、結果的にはシシの所作も前者では大きく目一杯、自然の雄大さに接続しようとした一方で、電気柵の話もしかり後者では周囲の様子を伺うように人の気配を感じながら進んでいたような感覚がある。

photo ©︎Marehito Antoku

源流美朝太鼓

27日には原始感覚美術祭での「源流美朝太鼓」との共演や「原始感覚獅子舞」での演舞をした。源流美朝太鼓では、太鼓チームと原始感覚美術祭の滞在アーティストがコラボして、音と身体による共演が行われた。神輿を運んだ後で多くの人は疲労困憊の中で行なったため、どこか体力のキャパシティを感じながらの演舞になった。崩壊寸前の獅子頭を持ちながら、それを自由に扱うよりはあやすように、地上を擦ったり天に掲げるという所作が増えた。大衆の中の1個体としてのシシが現れた時、相互作用の中で他のアーティストの所作に影響を受けたり影響を与えたりしながらも、見る・見られるという関係性の中で、大衆化されたシシが体現された。

原始感覚獅子舞

また、原始感覚獅子舞では、多様な獅子舞が一堂に会する中で、シシを行なった。原始感覚美術祭のクライマックスということもあって、その他多くの獅子舞は、自分の中に秘めていた何かを投げ出すような心持ちで臨んだのだろうと思われた。突然叫び出したり、縦横無尽に駆け回ったり、そこに獅子舞以外の人も乱入してきて、カオスな様相を呈していた。その中にあって、決して目立つことも埋もれることもなく、各種獅子舞の動きを避けながらも縫い物を縫うように、シシは動き続けた。時には葦の獅子頭で他人の頭を噛むこともあった。抱きつくというべきか隠すというべきか、さまざまに形容できる現象だ。どこかそれは相手との境界線を突破するような行為でありながら、同時に境界を作り出すような行為でもあったとも思う。これは大町や木崎湖という土地に接続するよりは、その他大勢の獅子舞にベクトルが向いていたが、このようなクレイジーな人々を引きつけてしまうのもまた、この土地の性質なのだろう。

シシの葬儀

シシの葬儀は28日に実施した。葬儀では、湖畔でシシを小刀で解体しながらも徐々に身体がバラされていき、最後は湖の中に飛び込んで、その演舞を終えた。水面はとても静かで、たまに軽い波が打ち寄せていて、シシの葬儀はどこか身を振り絞りながら湖に吸い込まれていく感覚があり、激しい感情がどこからともなく込み上げてきた。狂気にも近い感情だ。丁寧に長い時間をかけて作った獅子頭と胴体だったので、これを葬ろうとすると、何か揺さぶられるものがあるというのも必然的である。最後に湖に飛び込む寸前は、苦しみまぐれに楽園が解放されて花が咲き乱れ、そこで神楽を踊っているような気分だった。どこか場違いなようにも思われたが、時空というものが停止して、大きな湖に心は解き放たれ、力尽きるように湖へと飛び込んだのだ。溺れかけるようにして、護岸の縁でその演舞は終わった。

獅子の歯ブラシ、三者三様の応答

僕の他に、工藤さんはナラの葉っぱの葉脈を獅子頭に貼り付けてシシを作った。また、船山さんは吹くと湖の水がボコボコ鳴る木製の楽器を作った。これには鈴も取り付けられていた。これらの素材は木崎湖の源流の川沿いで採取されたもので、葦とも繋がる湖水へのアプローチとも言えるかもしれない。

工藤さんのシシは26日朝6時に滞在先近くの神社の神楽殿にて演舞が行われた。重曹をお湯に溶かして色素を抜いた葉っぱを用意。獅子頭に貼り合わせるというパフォーマンスだ。そして、葬儀は湖畔近くの桜広場にて、28日の朝10時から行われ、張り合わせられた葉脈を逆に湖水へとリリースしていく所作が見られた。また、船山さんの楽器は稲村と工藤さんそれぞれの演舞の際に、登場して音を奏でた。


▼獅子の歯ブラシのYoutubeにはアーカイブ映像を掲載

木崎湖の獅子舞生息可能性

シシの目撃が少なかったことから、獅子舞が生息するにはまず人数が少ないことがうかがえた。地域住民というよりは芸術祭の参加者や、ボート乗りやキャンプに関心がある観光客が多いようにも思われた。湖の周辺というのはレジャー施設が集積するのは普通のことであり、その分地域住民による地域活動があまり目立たない。住民は車移動が活発で、道を歩く姿を見かけないことから、シシを目撃しても絡んでこなかったという見方もできるかもしれない。不思議と湖畔をジョギングする人や散歩する人は少なく、釣り人がちらほら見られるという感じだった。また、空間的な舞場の観点から言えば、やや歩道が狭い箇所はあったが、概ね舞えるような空間はたくさんみられたように思う。

<滞在スケジュール>
8月20日
大宮駅集合
そばを食べる
稲村のシシコーデを考える
中綱湖の散策
西丸館で食事

8月21日
ボートに乗る
パラグライダー場から木崎湖を眺める
ヤマザキYショップに行く

22日
朝3時にパラグライダー場で朝焼けを見る
仮眠をする
大町民俗資料館に行く
超大盛り中華を食べる
神明社で唐猫様をみる
制作タイム

23日
葦を刈る&湖の源流で猿の大群に出会う
農家の山本さんの家で飲み会

24日
制作タイム
着物や葉っぱを採りに行く
ヒッチハイクで登山者を乗せる
美里で蕎麦を食べる

25日
原始感覚美術祭開始
火おこしの儀に参加する
ひたすら制作タイム

26日
シシの演舞
原始感覚美術祭 宵祭

27日
原始感覚美術祭 本祭
源流美朝太鼓との共演
原始感覚獅子舞

28日
シシの葬儀
関東に帰る

アイキャッチ
photo ©︎Marehito Antoku


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