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【ピリカ文庫】越中ちりめんパーティ

きりりと澄んだ青空に、ぴーよよよとひよどりが鳴く。

「姉さん、秋高しってのはこういう空のことを言うのかねえ」

よく整備された街道を踏みしめながらおいらはすぐ隣を歩くおてつ姉さんに声をかけた。
しかし姉さん、おいらの話なんて聞いちゃあいない。渋〜い顔した姉さんの視線は少し先を歩くスケ四郎とカク之介のもとにあった。

「ドジョウにしよう」
「いーや、蕎麦だ」

この二人は口をひらけば喧嘩ばかり。
なかでも食い物のこととなるとどちらも決っして譲らない。

「今は蕎麦って気分じゃねえんだよなあ。俺はやっぱりドジョウが食いたい」
四角い顎をさすりなら空を見上げるカク之介にスケ四郎が怒りを滾らせる。
「おいっ、俺がドジョウ嫌いなの知ってるだろッ!? ドジョウは駄目だ、ドジョウ以外のモノにしてくれ」
「それなら穴子かな。鰻でもいい」
「~~それも嫌だッッ」
女ウケのいい甘~いマスクを歪めてスケ四郎が地団駄を踏む。おいらよか十は年上のはずなのに、我儘なスケ兄はこの一行いちの聞かん坊である。

「おまえさっきドジョウ以外ならなんでもいいって言ったじゃないか!」
「うるせえッ。俺はおまえの食いたくないモンが食いてえ!」
「なんだとッッ」

と、姉さんがオイラを見て顎をしゃくった。
「ほら、出番だよハチ太郎」
「えええ、またあ!?」
こういう時に仲裁を任されるのはきまっておいらなのだ。スゲー嫌だけど仕方なく距離を詰めて二人に声をかけにいく。

「ねえ兄貴。この宿場町、御家族処ファミレスっていう何でも食わせてくれる飯屋ができたんだって。そこへ行こうよ。そしたらスケ兄は蕎麦、カク兄はドジョウを食えるから」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

ぴたりと黙り込んだ二人がむっつり、じっとりとおいらをみつめる。そしてなぜかおいらはスケ兄に思っきし頭をはたかれた。
「いてえっ、何すんだよっ」
「ハチのくせになんかムカつく」
「だよな。俺も今シバいてやろうと思ってた」
わはは!!と仲良く笑いながら先を歩き始めた二人を白髭のご隠居が諌める。

「これこれやめんか。皆、仲良くしなさい」

この方は越中ちりめん問屋のご隠居で、おいらたちを供に連れて諸国漫遊の旅をしている(趣味で)。

***

御家族処で飯を食った後、ご隠居と兄貴二人は連れ立って町見物に出かけた。おいらはその間に今夜の宿を探しておく。
じゃあねと皆と別れた直後「ねえ、はっつぁん」と猫撫で声の姉さんに襟首を掴まれ、おいらは路地裏に引きずり込まれた。

「ああびっくりした。なんだよ、姉さん」
「今夜なんだけどさ、ウチら・・・のぶんだけ別に宿をとってくれない?」
姉さんが上目遣いにおいらを見上げる。
「久しぶりに二っ人きりでゆっくりしたいんだよ、お願いッッ!!」

ーーー『ウチら』とは。
もちろんおいらのことじゃない。

年齢不詳で美人の姉さんには恐ろしく腕の立つ忍びの手下がいる。
姉さんはむかーしからこいつとデキていて、たまにこうやって恋仲の手下と水入らずの時を過ごすのだ。
そしてその手配をするのもおいらの役目。

「・・・・わかったよ、いいトコ探しとく」
「ありがとう!」

***

諸々のお役目を終え、おいらは宿場から少し離れた丘の上で空を眺めていた。

「あーあ。おいらの存在価値ってなんだろう」

なあんて。そんなものはわかってる。
ただの雑用係だ。

ご隠居は今の旦那様に跡目を譲った後、日の本をぐるりと旅する計画を立てた。
運良く声をかけてもらえた時は嬉しくて嬉しくて、随分浮かれて舞い上がったりしたもんだけど。
漫遊の旅路には、案外苦労も多かった。

気まぐれで大雑把なご隠居に、我儘なスケ兄と、頑固なカク兄。
お鉄姉さんには文句なんてないけれど・・・・だけど、強いて言えば姉さんは男の趣味が悪すぎる。

「なんでまたあんなゴリラみたいな忍びとーーーくそう、おいらの初恋を返せッッ」

しかし、頼まれれば断れないタチのおいらは、ついつい張り切って町中を歩きまわり、首尾よく『御婦人方に大評判!』と噂のラグジュアリーな宿をとってしまった。
そんな自分が今更ながら腹立たしい。

「ちぇっ、みんなおいらにもっと感謝しろ! おいらがどれだけ貢献してやってるか思い知れ!」

ーーーと、エラそうに吠えていたあの日から半年。
同じ丘からすっかり見慣れた宿場町を見下ろしつつ、意気消沈したおいらは己の無知・無力・無価値を嘆いていた。

「ああ、おいらはなんてダメな男なんだろう・・・・ゴメンよ、お駒ちゃん。おいらは愚図で鈍間な役立たずーーー」

半年前、初めてこの宿場町にやってきたあの日、ご隠居たちは破落戸ゴロツキに絡まれていた女の子、お駒ちゃんを助けた。
お駒ちゃんの家は小さな小間物屋を営んでいたのだが、跡取りの兄貴が家出し、そのすぐ後におやじさんが病に倒れ、今や店は火の車ーーーと、涙ながらに語るお駒ちゃんにご隠居はいつものおせっかいを発動して店を立て直すための助力を申し出たのだが。
そこからが凄かった。

ああ見えてスケ兄は帳簿と算盤のプロで、目利きの姉さんは買い付けのプロ。カク兄の本職は元々番頭だ。
加えて金策のプロであるご隠居は、あっという間に頼りになる後見をみつけてちゃっかり金を借りてきた。
我らが越中ちりめんパーティの活躍によって廃業寸前だった店はみるみる息を吹き返したのである。凄え。

そんな中、唯一何の役にも立たなかったのがおいらだ。恋仲になったお駒ちゃんをただ励ましてただけ。
それなのに、おいらはいきなりあの店のあるじになった。年の暮れに息を引き取ったおやじさんから涙ながらに託されたのだ。「店とお駒を頼む」って。

それでも最初はなんとかやれると思ってた。小さな店だし、丁稚の経験だってある。
んだけど、現実ってのはそう簡単なものではなくーーー

「おいハチ、まだ拗ねてんのか。そんなんじゃ立派な店主にはなれねーぞ」

草むらに寝転がっていたおいらの視界にスケ兄の顔が映り込む。
その手にはおいらの好きな不二屋のみたらし団子の包みが。
すぐそばに腰をおろしたスケ兄が包みをあけて、ホイと一本よこしてくれる。

「落ち込んでる暇なんかねーぞ。ご隠居来月にはここを立つとよ」

それは知ってた。
ご隠居たちだっていつまでもここにはいられない。
不安と寂しさで思わずじわりと涙が滲む。

「おいらじゃ無理だよ。おいらにはなんの取柄もない。スケ兄たちみたいに誇れるモノが何もないんだ・・・・」
俯くおいらにスケ兄は「そうかなあ」と首をひねった。
「何もなくなんかねえぞ。てか、おまえが一番主に向いてる」
「ええっ、どうして? 一体どこがッ!?」
「さあてね」

団子を食い終わったスケ兄はおいらをおいてさっさと先に帰ってしまった。
再び一人になったおいらは考える。
スケ兄が何を言いたかったのかはわからない。

だけど。

(スケ兄がああ言うんだ。おいら、案外やれるかも・・・・)

ひとつ。おいらのいいところ。
すぐに元気がでるところ。

すっくと立ち上がって尻にくっついた枯れ草をはらう。

もうひとつ。おいらのいいところ。
お駒ちゃんを大事にできるとこ。

くるっと踵を返して宿場町のほうへ下る坂道を駆け始めたところで、またひとつ、いいところ。

素敵な仲間がいるところ。
・・・・困り事で首がまわんなくなったら越中に戻ってご隠居に泣きつこう。

***

小春日和のやわらかな空にぴーよよよとひよどりが鳴く。

ああ、今日もよく晴れてる。


おしまい

(3006字)


こちらはMarmaladeさんの作品。
とってもお洒落で素敵なお話でした✨
ご一緒できて嬉しかったです。
ありがとうございました〜〜!


御礼

まさかピリカ文庫さんにお誘い頂けるとは。
身に余る光栄でした。
素敵な機会を頂けたことに心からの感謝を。
ありがとうございました(^^)/

シロクロ

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