【掌編】ヒーロー
仕掛けられた時限爆弾。目の前には赤い線と青い線。どちらかを切れば今すぐ爆発、どちらかを切れば君は助かる、そんな劇的なシチュエーションにあるとして。
その爆弾に対し、君が取り得る選択肢は、およそ四つ。
①赤い線を切る
②青い線を切る
③赤い線と青い線を切る
④赤い線も青い線も切らない
一番危ういのは、もちろん③。どちらかを切れば即爆発なら、どちらも切れば即爆発だ。君の身体は木っ端に砕け、確実に助かることはない。
①と②のリスクは同一。爆発の確率は50:50。手掛かりも保証も無いままに、勘を頼りに切るしかない。
では、④は。赤い線も青い線も切らないままなら、時限装置がいずれ作動し、君は爆発に巻き込まれる。故に①・②と比べてリスクは高い。そう思い込んでいやしないか。
そうではない。現実世界において、④は有効な選択肢である。
④を選択をすることで生まれるアドバンテージがひとつある。それが、時間だ。
時限装置のリミットが如何程かにも左右されるが、今まさに赤い線を、青い線を切るよりも確実に、結論が出るまでの猶予が生まれる。
この間に爆発を回避する新たな手段を行使できれば、君の勝ち。さらに言えば、事を起こすのは君自身でなくともよい。君はただただ待つだけで、その間に有能なプロフェッショナルが駆けつけ、ブツを処理してくれもするだろう。この場合もまた、君の勝ち。見事に助かり、生還者として迎えられる。
何もしない。選ばない。
拍子抜けするかもしれないが、そんな時間稼ぎに走ることで、線を切るまでもなく、君が助かる道は生まれる。
真面目な君は、この選択を「卑怯」と受け取るかもしれない。選択を放棄し、リスクから逃げ、他人の力に頼るとは何事だ。そう憤慨するだろう。
例えば君が正義のヒーローで、市民の期待を背負い、この問題に対峙していると言うのなら。「助かる」だけでなく「助ける」を目的としているなら。確かにその状況で④を選ぶというのは、些か無責任と言えよう。
あえて何もしないリスクを採ることを、君に希望を託した連中は良しとしない。誰かを期待し、他力本願になろうにも、そもそも君がその「他力」として活躍を願われているのだ。アウトソーシングに走り、解決を自分以外の手に委ねるなど、許される行為ではない。
許されない。良しとは言えない。
だが、君はヒーローか。そこを考えてみて欲しい。
信念と誇りを持ち、使命と責任を背負い、選ばれし者としてそこに立つと言うのなら。ドラマティックな演出の下、赤でも青でも好きな方を切ればよい。当たれば喝采を、外れれば非難を、全身に浴びるだろう。
しかしその手の、周囲を巻き込む選択を強いられている場合、往々にして君は充てがわれたピースのひとつだ。君しかいない、君にしかできない、というケースは極めて稀というべきだろう。
その状況で、どこまでの責任を君は果たすべきだろうか。
たとえ替えが効くピースであるとは言え、任された以上はやるしかない。その思想はご立派だ。その役割を担うことで、報酬を貰い受けるのなら、なおさらだろう。職務放棄も甚だしい。給料泥棒になってしまう。そう自分に鞭を打ち、一体どちらを切るべきか、君は目を見開き、懸命に見極める。
べきだ。
べきだが、無理にやり遂げなくてもいい。
赤い線と青い線。それらを前に必死で悩み、頭を掻きむしり。恐怖に耐え、絶望と肉薄し。
無理だ、背負いきれない、力不足だと、それでいてなお判断したなら。
恥じることはない。④を選べ。「ごめんなさい。できません」と泣き寝入りし、有能な別の誰かにバトンを渡せ。ヒーローに託してしまえ。
臆病者、卑怯者と君を罵る者がいるだろう。非難され、嫌悪され、蔑まれもするだろう。
だが、④を選ぶということも、まごうことなく、ひとつのアクション。責任を放棄することで、君はベストを尽くした。後ろ指をさされる道を選ぶことで、爆発の回避を図った。
胸を張れ、などとは到底言えない。
しかし、君は戦った。
戦った結果、戦わないことを選んだ。
誰が認めずとも、誰に誇れずとも、君だけはそれを忘れるな。
今、目の前に赤い線と青い線。
切らなくていい。
選ばなくていい。
いつか同じように④を選んだ誰かの側で、
バトンを受け継ぐその日のために。
未来のヒーローよ。
さぁ、逃げろ。
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