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トルコのおばあちゃんの横顔


今でも、思い出す旅

ときどき、ふとこんなことを思います。
あの旅で出会ったあの人は、今どうしているんだろう。
あの場所は今、どうなったんだろう。
また現地を訪れて、生産者さんたちとお話をしたいなあ、とも。

そんな印象深い旅のひとつ。
今でもたまに思い出すのが、トルコへの素材探しの旅でした。SHIROの前身のブランド、LAURELを立ち上げてから5ヶ月後、2009年11月のことです。

トルコを訪れた理由は、ローレルオイルを探すためでした。
ローレルは日本では月桂樹として知られていて、その香りの強さから、古代から料理の香りづけや薬用に使われてきたと言われています。原産地は地中海沿岸各地で、ギリシャでは栄光のシンボルとして古代オリンピックの王冠にも使われていたとのこと。

ローレルの社名の由来は、まさにオリンピックで頑張るともらえる月桂樹の王冠です。ローレルの製品を使ってくださる人にしあわせが訪れることを願ってつけたと、創業者からききました。

そんな神聖なローレルの木から採れるのが、ローレルオイルです。高い抗菌作用と肌の脂肪酸を補って潤いを保つ効果があるので、石けんなどに使われやすい素材のひとつです。

どんな人たちが、どんな想いで生産しているんだろう。
生産者さんに会える大きなワクワク感と、(当時はまだ)小さな会社ローレルに素材を提供してくれるだろうかという少しの不安を抱えながら、トルコに向かいました。

訪れたのは、イスタンブールから車で2〜3時間くらいの場所にある、ローレルが自生するエリアです。ローレルの木の実物を見ながら、生産者のおばあちゃんに精油の抽出工程を教えてもらいました。

ローレルのオイルは、実の中の種から採れるものです。
「そりゃあそうだろう!」と思われるかもしれませんが、当時の私はとにかく未熟で、精油の抽出工程を教えてもらいながら、いちいちびっくりしていました。おばあちゃんも苦笑いしていたような気がします(笑)。

おばあちゃんの横顔

「ローレルの木が、どんどんオリーブの木に変わってしまっているの」

今でも忘れられないのが、おばあちゃんの悲しそうな横顔です。
ローレルの木がオリーブの木に変わっていく現状を、憂いているようでした。

ローレルは料理や薬に用いられる場合、葉っぱを使います。そのため、先に葉っぱから売れていきます。一方で、実からつくられるオイルは香りが強すぎるため、需要はそう大きくありません。余った実を捨ててしまうこともあるとのことで、オイルを購入したいという私の申し出を、おばあちゃんは快く受け入れてくださいました。

だけど、いくらSHIRO(当時はローレル)が購入しようとも、オイルはまだまだ余ってしまうようでした。おばあちゃんが一生懸命、ローレルの木を育てても、商売としては厳しくなるばかり、というのが実情だったようです。

ローレルに変わって増えていたのがオリーブの木でした。
オリーブは匂いが強くなく、食べることもできるため、消費量が多くて需要がたくさんあります。そのため、かつてローレルを育てていた生産者さんたちが、どんどんオリーブをつくりはじめている、とのことでした。結果、オリーブの木が増えて、ローレルの木が減ってしまっていたのです。

30代だった当時の私には、単純に「おばあちゃん、かわいそう」「できるだけたくさん買って帰ろう」という想いしかありませんでした。

いま振り返ると、そうした特定の需要と供給のバランスが崩れていく変化が積み重なって、地球から特定の素材が無くなってしまったり、環境が悪化してしまったりしているんだろうな、とわかります。
そして、ローレルがオリーブに変わっていくその様子は、世界中で起こっている変化のひとつだったんだろうな、とも。

おばあちゃんの横顔は、自分の商売への不安よりも、その地に自生するローレルが減っていくことによって、地元の景色が変わってしまうことを悲しんでいるように見えました。

「石けん」とボディソープの違い

「おばあちゃん。良い製品をつくって、もっともっとローレルオイルを買うからね」

トルコの旅からの飛行機の中、私はこんな想いを強くしていました。
最初の旅でしたが、できる限りたくさんのローレルオイルを購入して帰り、これから自社ブランドで発売するすべての製品に、ローレルオイルを使おう、くらいの意気込みでした。

ところが、現実はそう甘くはありませんでした。
あまりにローレルの匂いが強くて、ハンドソープやシャンプーなど、多くの製品に馴染みませんでした。当時、使っていたバーベナやローズの香りがほとんど消えてしまうくらい、ローレルの香りだけになってしまうからです。薬草のようなローレルの独特な香りは、日本人との相性が良くないことも、試してみてわかりました。

最終的に製品化に至ったのが、ローレルオイル99%の石けん「ローレル石けん」でした(現在は販売終了)。

ここで少しだけ、石けんとボディソープのお話を。
ボディソープは、容器を押せば簡単に泡が立つので、とても便利ですよね。
昔は固形石けんを使う人が多かったのですが、今では世代を問わずボディソープの比率が高まっています。ローレルオイルを買い付けた当時も、すでにボディソープが主流になり、多くの家庭で一般的に使われていました。

その中で、なぜ石けんをつくろうと思ったのか。
それもまた、前回と同様、私の出産が関係しています。長男を出産した時、羊水がものすごく良い香りがして驚いたことが、きっかけでした。

石けんは、天然の動物や植物の油脂からつくられます。
それに対して、市場で販売されているほとんどのボディソープには合成界面活性剤が使われているとされていて、原料は石油です。この合成界面活性剤は、洗浄力が高いというメリットがあるのですが、浸透力が強く、皮膚を通して体内に蓄積されてしまうという特徴も備えています。

長男を出産するまでずっとボディソープを使っていた私の体内には、たくさんの合成界面活性剤が蓄積されていた、ということです。そこから私は、ボディソープを使うことをやめて、石けんに切り替えました。

「解決」はできなくても

ここまでお読みいただいた方は、もうお気づきかもしれません。

トルコを発つ時に「ローレルオイルをたくさん使う」と意気込んだ私ですが、その特性に手を焼いて、うまく実現できませんでした。

それでも、あのトルコへの旅は決して無駄ではなかった。
現地を訪れ、トルコの空気を吸って、ローレルの木を見て、おばあちゃんの話を聞いて、たくさんの学びを得られたからです。日本からでも、ローレルオイルの原産地や精油の抽出工程は、インターネットで調べたら簡単にわかることかもしれませんが、生産者さんたちの表情や現地の変化までは感じ取れません。

今でも、「ローレルの木がオリーブの木に変わっていく」という課題に対する、明確な解決策はありません。極端な話をすれば、できることはあまり多くはないかもしれません。それでも私は、現地に足を運んで、その場所の空気や生産者さんたちの感情を含めて「感じる」ことが大切だと信じています。

「感じたこと」が、すぐ何かにいかされるわけではないかもしれないけれど、それが自分の中に深く沈み込んで、いつの日か、何か別の形で表現される。

それは、知識とかノウハウといったわかりやすいものではないかもしれないけれど、優しさとか、思いやりなど「人としての在り方」になって、社会や他者との関係性に還元されていくんじゃないかな。

世界を知ることは、シンプルに、自分の幅を広げてくれます。
単一民族国家の日本では、どうしても隣で働く人や友人たちも、日本人になりがちです。もちろん、共有する前提が同じで楽だというメリットはありますが、多様な考え方に触れる機会が少ない寂しさもあります。

ぜひ、皆さんもこれまでの自分が知らない「異なる環境」に身を置いてみてください。このnoteを見てくださって、ウズウズして旅に出たくなる人が一人でも増えると嬉しいな。

あれから15年。
今、トルコのあのローレルの木たちは、どうなったんだろう。
おばあちゃんは元気かな。
急に、また訪れてみたくなりました。

(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

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