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山岡鉄次物語 父母編9-2

《 成長2》苛め・包丁

☆珠恵は男の職場で頑張っていた。

頼正の勤める栄和木材工業は製材から始まる木材の加工で、家具や建具を製作していた。
主に関東近県の集合住宅の造り付け家具の製作を請け負い、オリジナルベッドを製作し、栄和ベッドとして販売していた。

社宅で生活している妻達も、男性社員に混じって木材加工の仕事をしていた。

珠恵は華奢な体でも日本手ぬぐいを頭に被り、製材された荒木を丸鋸盤で切断する危険な仕事をしていた。
もちろん珠恵は子供たち家族の為に仕事をしているのだが、持ち合わせた朗らかな性格で仕事仲間に好かれるようになり、人気も上がっていた。

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しばらくすると珠恵は社宅の一部の妻達の妬み嫉みからか、虐めを受けるようになった。

妻たちの世界も派閥のようなものがあったが、珠恵はそんな事には興味がなかった。

口数が多く激しい妻が自然とグループの親分的な立場になる。
面白い表現をすると、悪の虐めグループだが、悪は親分だけで気の弱い妻たちは子分となっていた。

珠恵に優しい妻もいたが、普通に接していた妻たちの中に虐めグループに加担していく者もいた。

しかし、珠恵には関係のないこと、誰にも同じように対していた。こんな珠恵の対応が気に食わなかったのかもしれない。

働く妻たちは休憩時間に社員詰所でお茶を飲める。そこで仲間外れの虐めがあった。

ある日の事、虐めグループの親分的な妻は普段やりもしないこと、妻たちみんなのお茶を淹れていた。 
珠恵のお茶だけ無かった。

まだ、お茶の仲間外れ程度では軽い虐めと云えた。
それからの珠恵に対する虐めは陰険を極めた。
女性の多い職場は人間関係が難しいなどと、簡単に片付けられる問題ではなかった。

辛くて悔しくて堪らない時もあったが、珠恵は辛抱強かった。
くだらない虐めには屈せずに家族の為に勤め続けるのだった。


栄和木材工業には敷地の一番北側に、ポツンと一軒だけ戸建ての社宅があった。この社宅は元木材乾燥小屋を住宅に改造したものである。頼正家族はポツンと一軒家に移って来る。

しばらく時が流れた後、頼正は珠恵がせめて住む所だけでも、口うるさい妻たちから離れて暮らせるようにと、社宅内の引っ越しをした。会社の敷地だが、庭も出来た。この数年後、頼正が自家用車を手に入れると車庫も手作り出来た。


頼正の家族は、新しい場所にある社宅で平穏な生活を続けていた。

年長の睦美と幸恵は両親の手を煩わすことが無くなっていたが、年下の鉄次と伸郎と親吾の悪戯や腕白には珠恵も手を焼いていた。

ある日こんな事があった。

男の子3兄弟は家の中でドタバタとプロレスの真似をしていた。
珠恵が優しく注意するぐらいでは、素直に静かにする3兄弟ではなかった。

居間で大暴れしているうちに、伸郎がテレビにぶつかり「バキン。」と何かが割れる音がした。
テレビが壊れたのかと思い、3兄弟は一瞬動きを止めた。

幸い割れたのはブラウン管ではなく、ブラウン管の前に吊していた青いセルロイドのフィルターだった。

当時は白黒テレビのブラウン管の前に青いレンズのフィルターを取り付けて青っぽい画面を少しだけ大きくして見ていたのだ。

壊れたのがテレビでは無い事が判ると3兄弟は再び暴れ出した。
珠恵は台所から包丁を持ち出して、涙を流して叫んだ。
 
『お母ちゃんの言うことを聞かないなら、こうしてくれる~』

珠恵は自分の喉元に包丁の刃を当てていた。
鉄次には、今もその時の母の姿が目に焼き付いている。


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