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詩「遺書」

今、『伊藤比呂美の言葉が鍛えられる教室』に通っています。月一回全6回です。第一回目の授業では、詩はフィクションであること、対話であることを教わりました。なので客観的に書くことや、自分で結論付けしないなどのポイントも教わりました。そして書く時に最も大事なことはジェンダー意識であると、これは口をすっぱくして何度も言われました。

伊藤比呂美さんには、敏感な差別意識センサーが付いていて、人を大切にしない物言いには、断固抗議するというカッコいい姿を見せてくださいます。

私は40年前の詩の月刊誌『鳩よ』に伊藤比呂美さんが登場した時からその言葉に強烈に惹きつけられるひとりでした。硬直した文学の世界をぐにゃぐにゃに、べちょべちょに、ぐらんぐらんにした人でした。権威ある男や、地位ある男に叩かれまくった人でした。あるいは『女は子宮で考える』などと言う一見女性崇拝なようで女をなめた男に不当に扱われた人でした。

この人が生きている世界なら、私も生きていかれるかもしれない。私の傍に、いつも伊藤比呂美さんの存在がありました。

その伊藤比呂美さんの授業で、初めて出した課題がこの『遺書』です。

ここに公開するのは、これが私の本当の遺書だからです。私はお金も財産もなにひとつ残してやれるものはありません。残せるのは思いだけです。思いを書き残したいと思っています。今もこれからも。

時々、息子・次郎に「お母さんもいつまでも生きてないんだから、甘えたらダメだよ」と諭す大人が居ます。でも私は次郎には「お母さんは絶対死なないから」と言っています。子どもにとってお母さんが死ぬかもしれないことほど恐ろしいことはないと思うからです。特にIQ18の次郎はお母さんを頼りに生きています。私に代わる頼りになる社会はありません。

私が次郎に言っていることは嘘ではありません。『お母さん(の思い)は絶対死なないから』です。

これが『遺書』と言う題名の詩であることには意味があります。書かれてある状況が変わっていけば遺書は書き直しが必要ですが、詩は状況が変わっても、文字の向こうの思いは変わらないので書き直しません。文字の向こうの思いを汲んでほしいということです。

どうぞ、読んでください。



遺書


本当に大したことじゃないんです。


おふろにアヒルのおもちゃがあって、ネジを巻くと泳ぐんです。そのネジを巻いてほしいんです。ゆっくりはいりなさい、って指導するんじゃなくて、ネジを巻いてほしいんです。

よだれに気づいたら、誰にも気づかれないように拭いてください。大人も眉をしかめますし、子どもは大きな声でよだれと言います。

ご飯粒の付いたお椀とスプーンを持ってきたら、スプーンでご飯粒を集めてすくって口に入れてください。きれいに食べなきゃダメじゃないか。とか、そんなことも出来ないのか、などと言わないでください。

おにぎりに喜ぶ子です、卵焼きに大喜びする子です。性犯罪予備軍のようにいう人がいたら、犯罪を犯すには、知的能力が足りないとお伝えください。性犯罪の動機である支配欲もありません。

男の子は、やっぱり若いきれいなお姉さんが好きよねという人がいたら、いいえ、優しい人が好きですと言ってください。見た目など関係ありません。下心なく優しい人がこの子にはわかります。

食品添加物から守ってください。出来るなら、値段の高いものを食べさせてください。安いものばかり食べて病気になることのないようにお願いします。

化学物質から守ってください。すでにアレルギー気味で、香料でくしゃみや鼻水が出ます。香料入りの洗剤を使う人は、まさか自分の服の臭いで人が苦しんでいることなど想像もしないでしょうが、無香料・無添加でお願いします。このことは、あなたの健康も守ります。

歯磨きは、必ず仕上げ磨きをしてください。歯と歯茎の間を細い歯ブラシで磨いてください。虫歯は支援の失敗です。

お風呂は病気でない限り毎日入れてください。入る、入らないと選択肢を提示し、本人に決定していただいたなどと、お風呂に入らない理由を並べないでください。選択肢や自己決定権の使い方が間違っています(※注)。清潔に生きる権利を有しています。

この子に関わる人が、出来ないことを出来るようにしてやろう、なんて思っていたら間違っています。この国もずっと間違っています。

出来なくていいいです。出来ないことは出来ないです。出来ることしか出来ません。

出来なくていいなんて、誰か言ったのだと問われれば、母親の遺書だと言ってください。

子どものおしっこばかり気にしていたら、気づいたら、自分がおしっこちびるくらいの年になっていました。

案外、障がい児の親は、早死にで、お風呂から出てこなかったり、お布団から出てこなかったりします。私もそろそろ、そんなことがないとも限らずこれを書きました。

私が居なくなっても、優しい人に恵まれて、幸せに生きてくれるとは思っています。ところが優しい人は声が小さくて、優しい人はいじめられやすくて、間違ったことを大きな声で、押し付けてくる人が多いから、実際、国がそうですから、だから、この詩を壁に貼っておいてほしいのです。

気持ちを察するということや、肩を並べて同じ風景を見るということや、注意深く人に触れるということが、出来る人は案外少ないものです。

それでも、この子の存在が、そんな人を育てていくのだと信じています。私が育てられたように。

『遺書』おわり


(※注)自己決定権について、心優しい支援者を悩ませたので説明します。
これはあまりにも「お声かけしたけど本人が拒否された」という支援が多いことから、あえて書きました。

例えば、外出するとき「寒くなるからジャンバー持った方が良くない?」って支援者が言い、当事者は見通しの立たなさとめんどくささから「いらない」と答える。すると支援者は「本人がいらないと言った」自分は支援者として選択肢と自己決定権を与えたってなるわけです。
でも、私は見通しが立ってる人が持っていけばいいと思う。支援者はそのために居ると思うんです。私も「え、いらないの?寒くなっても知らないよ」と言いたいところを、支援者としては、ここは荷物になるけど持って行こうと思うわけです。

雨が降りそうだったら傘を、汗をかきそうだったら着替えを、、、etcと思うわけです。

声かけが当事者の権利と利益を守る方向に向かう支援であることを願って。

なにしろ遺書なので、あえて書きました。
生きてる私が言っても、甘やかし過ぎと思われるだけですが。

(※注)おわり

ここまで、読んでくださりありがとうございます。知的障害があるということは、知的な部分の支援が必要で、これはとても難しい支援だと思っています。そして、私はいつも、本人にとって最良の支援を選択できる支援者でありたいと思っています。お母さんである前に。


書くことで、喜ぶ人がいるのなら、書く人になりたかった。子どものころの夢でした。文章にサポートいただけると、励みになります。どうぞ、よろしくお願いします。