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映画「〇月〇日、区長になる女。」を観た!これは、おおよそ報われることがないと思っていた市民の思いが報われるドキュメンタリー映画だった!

私は負け続けている

私は子ども3人と九州の山間部で暮らし、上の二人が巣立って最後に残った末っ子と上京して住んだ場所は緑豊かな所だった。目に映るほとんどすべてが緑の九州の田舎とは比べようもないけれど、それでも東京の中では緑が多く気に入っていた。特に駅までの用水路沿いの道は木立が素晴らしく「この道があってよかったね~」と毎回言わずにはいられないほど、好きな道だった。イヤな出来事にトボトボ帰る日も、この木たちが慰めてくれた。

この木立が好きで雪だって猛暑だって嬉しかった

ところが、なんの前触れもなく、この木立が切られてしまった!この様子を見た人が「ああーなんで?」と絶句している姿も見た。
私も絶句して立ち尽くした。

ある時、切られてしまった

私は手遅れだとわかっていたけれど、市役所に電話した。「どうして切ってしまったのですか?私はあの木立が好きでこの市に住んでいるのに」と。答えは、『近隣の住民から枯葉や枯れ枝の苦情が来るから』ということだった。たぶん嘘だ。本当は管理にお金がかかるからだと思う。

それからは、この道を通るだびに悲しい思いをしている。

でも、絶望はしないと決めている


日本全国で行われている環境破壊。世界規模の破壊に心を痛めながら、自分の無力を思い知らされる日々だ。

せめても市民の目があることを行政の人には知ってもらう意味で、私は行ける時には国会の傍聴に行くようにしている。この日も環境委員会に行った日だった。PFOS(ピーフォス)や、メガソーラーの環境破壊の問題が質疑され、環境問題の最重要課題である原発の問題についての質疑が行われた。

我が国の環境大臣は、おそらく環境に関心もなければ、自然を愛してもいない。自然を愛する市民の気持ちもわからない。自然を破壊することになんの躊躇もない企業側の代弁者だ。一円にもならない市民の思いなど顧みるはずもない。

そんな一日の終わりだった。あまりに虚しい一日だった。

そこで観たのが映画「〇月〇日、区長になる女。」だった


あーーーーーーーーーーーーー報われることってあるんだ!!!!!

ドキュメンタリー映画って淡々としたものだと思っていたら大間違い。この映画、ハラハラするし、ドキドキするし、ムカムカもする。どうなっちゃうんだろう?と心配もする。まるで自分に起こっていることのようだ。

それはペヤンヌマキ監督の視線が、私たち無力なひとりひとりに近いからだと思う。
この日私はふと思い立って通院している医者のある中杉通りをバスで阿佐ヶ谷駅に行ったことも、奇跡のように映画の中に導いてくれた。市民が守りたいと思っている緑豊かな散歩道を観ているだけでも嬉しくなる。私が夢にまで見る民主主義がここに描かれている。

ここには希望がある

パンフレットを持つペヤンヌマキ監督さんと


全国でも上映が始まります!!私たちで大ヒットさせましょ~!!


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