しらいわ よしこ
記事一覧
障がい児へのいじめの話しをする前に、話したいのはどんなに愛してきたかということ
五輪にかかわる音楽家の過去の障がい児に対するいじめについて、書こうと思った。今年27歳になるIQ18の次郎が、被害者だったかもしれない。訴えることが出来ず、無抵抗の無垢の障がい児になんてことを、、、という思いはつのる。けれど、その悲惨さは、その比較対象を持った時に、浮かびあがってくるものだろうから、私はその正反対の話をしよう。そう、私がいかに障がい児の次郎を愛して育ててきたのかを。
次郎は三番目
「笑いは世界を救う!かもしれない?(笑)ぜんじろうショー」めっちゃ楽しかったです~!
2024年4月13日(土)14時~16時 立川市にて
イベントを支えて手伝ってくださった皆さん本当にありがとうございました!お客様35名(うち障害※①のある方7名・18歳以下2名)出演者4名(うち障害のある方2名)記録・音響スタッフ2名で、楽しい時間を過ごさせていただきました。(※①障害は社会の持ち物)
なにより誇らしいのは、障害者率の高さ!(笑) 行政だけでなく、民間事業者にも合理的配慮※②
映画「〇月〇日、区長になる女。」を観た!これは、おおよそ報われることがないと思っていた市民の思いが報われるドキュメンタリー映画だった!
私は負け続けている
私は子ども3人と九州の山間部で暮らし、上の二人が巣立って最後に残った末っ子と上京して住んだ場所は緑豊かな所だった。目に映るほとんどすべてが緑の九州の田舎とは比べようもないけれど、それでも東京の中では緑が多く気に入っていた。特に駅までの用水路沿いの道は木立が素晴らしく「この道があってよかったね~」と毎回言わずにはいられないほど、好きな道だった。イヤな出来事にトボトボ帰る日も、こ
太子国際コメディフェスティバル2023に行ってきました!まだ終わってない(11/12まで)けども~(笑)
兵庫県揖保(いぼ)郡太子町で行われている『第2回大子国際コメディフェスティバル2023』に行ってきました。
開催期間は11月2日(木)~12日(日)です。
多彩なゲストと面白い企画で全日程参加したーい!
私が参加したのは、11月5日(日)に斑鳩(いかるが)寺で行われた『太子!スタンダップコメディ投げ銭争奪戦』です。出演者は、「若手スタンダップコメディアン+ぜんじろう」というわけで、私は若手(笑)
私を救ってくれた私の中のコメディアン
もう限界!って時は、人生で何度かあった。
私は第一子をアフリカで産むという通常理解しがたい行動をしているのだけれど、出産は何処でだって命掛けだ。当時のパートナーが付き添ってくれて、ケニアの産院で陣痛に耐えていた。周りでは、日本人の私から見たら、それはそれはたくましいアフリカ女性たちが、「ママー」と叫び、「神様ー」と叫んでいた。そんな中私はただただ、襲ってくる痛みに耐えていた。
こ
『相模原津久井やまゆり園事件』から7年、私たちはスタンダップコメディアンになった!(笑)
何度も言うけれど、うちの次郎があの日『相模原津久井やまゆり園』に居たら刺されていた。次郎は自分の名前を言えないからだ。
これは、次郎が殺されるかもしれない問題なのだ。
現に、その後も、あちこちで知的障害者は、支援者に殺され、親に殺され、そして、小さな記事で、加害者に信じられないくらい軽い刑罰が下ったことを知る。
京都で重度の知的障害のある息子を手に掛けた事件では、加害者の母親に執行猶予
スタンダップコメディがなければ死んでいた?!(笑)
ひとことで言うと、私の頭がおかしくなったのだ(笑)
どっちに向かって行っても手詰まりで、どこにも道が開かれていなくて、
道がないから作るのだ~とか言う口がむなしくて。
そりゃそうでしょ。
だって、誰も余裕なんてないんだもの。
目の前の生活が大変なのだ。
それほどまでに、人々の生活が壊されている実感はある。
私の声はどこにも届かない。
「別に、私、助けてって言ってるんじゃ
今日は海老原宏美さんの話をしたいのにケアラーがコロナになった話しになった
12月24日は海老原宏美さんが旅立った日だ。もう一年経つ。聡明で明るくて優しかった海老原さんを失って、今も惜しむ声は大きい。海老原さんの意思を継ごうという方も多いしその仕事を応援もしたい。けれど、海老原さん、やはりあなたは唯一無二の人でした。
この一年で私は何度、天を仰いで海老原さんの名前を呼んだだろう。困り事がある度に。
正直に言うと今もそう。
12月21日次郎が39.2度の熱を出し、歩い
ぜんじろうさんへの詫び状
↑2022.6.4「れいわ新選組総決起しまくり大会」ぜんじろうさんの登場(1:40:44)切り取り動画の元になった動画
私はずっとぜんじろうさんに詫びなければと思ってきた。
2022何6月4日池袋西口での「れいわ総決起しまくり大会」の会場に私は居た。
ぜんじろうさんは、水道橋博士に呼ばれてネタを披露しに来られたのだ。私は、山本太郎さんがリクエストしたネタで、その後ぜんじろうさんが、大災難
「311子ども甲状腺がん裁判・第3回口頭弁論」の応援に行ってきた!
とにかく行くのだ!私は!
前回行けなかった私は、今回は行くのだ!と気合を入れて前日から準備をしていた。朝、次郎が家を出る9時に、次郎にお弁当を持たせ、洗濯物を干し、自分も身支度をして出かけた。駅まで颯爽と風を切って自転車を漕いだ。次郎が居ては出来ない自由を感じながら。でも間に合わなかったのだ。傍聴券配布の締め切り10時40分に。
東京地裁に最も近い出口も把握済みだったのに、千代田線霞が関駅から
もういい加減親の所為にするのをやめてくれないか!~本当に障害者の自立を妨げているのは親なのか?~
胸に仕舞っていたエピソードを話す。
ある福祉関係者が冗談で「親はどうせ死ぬんですから、早く死んでください」と言った。
障害者の地域移行(施設から地域へ)の仕事をする中で、親の反対が強く、難航することも多いという話の流れから出た冗談だ。
その方は、他の冗談でもすべっていたので、会場の多くの人は、笑えない冗談だと聞き流したことだろう。
「親はどうせ死ぬんですから、早く死んでください」
流れない