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「ごめん」で無かったことにはならない

あ。
いきなりズキっとしちゃうようなことばを
タイトルに書いてしもた。

今回は、「ごめん」の話。

「ごめん」と謝ったり、
「ごめんね」と謝られたりすることが日常にある。

ぶつかりそうだったからよけたとか、
電車内で足を踏んでしまったからという場合もあれば、
親しかった人の一言で傷ついたとか、
恋人からふられた時に言われたとか、
いろんな種類の「ごめん」がある。

小さい頃からずっと、
「謝られたら許しなさい」
「悪いことしたら謝れば許して貰える」
大人達はそういってた。

『それが仲たがいせずに済む方法』だとも。

日常的な「ごめんね」、「いいよ」のやりとりは、
「これで問題解決❣良かった良かった❣
 仲直りできてよかった。」という気がした。
だからこそ、
子どもの頃からずっと盲目的に信じて、
言うとおりにしてた。

だけど。

ある日、気付いてしまった。

一方的にひどい言葉を投げつけられた後、
その言葉に傷付けられた痛みは残ってるし、
傷付けられた言葉自体も
相手の表情も
相手から受けた曲解も
なにひとつ
『無かったこと』になんてできていない。

いつまでも傷ついてるとしんどいから、
無理やり忘れたふりして、
日常をやり過ごしているだけに過ぎない。

怖いことに、
これは逆パターンもある。

私が相手を傷つけてしまった時には、
まるっきり同じ事が、
相手に起きているということ。

つまり、
謝っても傷付けたことはなくならないし、
平気なふりして仲良くしてくれてるのだと。

そのことに気付いて愕然とした。

優しいから平気なふりをしてくれて、
何もなかったようにふるまってくれてるけど
ほんとは何ひとつ解決していなかったんだ。

相手が傷ついてしまったことは、
未来永劫、変わらない現実。
どうあがいても、
傷付けてしまった瞬間より前には戻れない。

お互いに棘がささったままの人生を歩むというのに
傷付けた事実から目をそらして、
お互いに許し、許されたふりをして
日々を過ごしていく。

それが処世術なの?大人のやり方なの?

足を踏んでしまったから謝った場合や、
足を踏まれて謝られた場合は、
「ごめんなさい」でお互いに忘れるように
体に染みついているけれど、
忘れられない深い傷は、どうしたらいいんだろう。

自分が傷つけられた場合は、
痛みが辛くても拘らないようにして
出来るだけ早く痛みだけは忘れるように
自分がやりたいことに集中して
生きていきたい。

傷つける側にならない方法を、幾つか考えてみた。

A案:
「ものさし」はお互いに持っているのだから
自分のものさしだけで誰かを否定したり、
非難したりしないように気を付ける。

B案:
「ごめんでは消えない傷」があることを忘れずに
衝動でトゲトゲ言葉を出さないこと。
深呼吸をして、
できるだけ優しい言葉に変換して伝える。
優しい言葉が出て来るまでは、
じぃっと心が落ち着くまで待つ。

一度口にした言葉は、どうやったって消えない。
信用も友情も愛情も失うのは一瞬。
その怖さをいつも忘れないで居よう。

それでも傷つけてしまった時は、
心をぐっと籠めて「ごめんね」と伝える。
ヘタな言い訳はしない。

今までどおりに仲良くして欲しいけど、
相手が受け入れられない場合は、
仲直りを無理強いせず、
距離をおいて、
時間薬に任せる。

と、ここまで書いたものの、
一般的な答えなんてない気がする。

その人と自分のこれまでの歴史とか、
仲良し具合とか、
その日のメンタルの調子とか、
そういういろんな要素があるから
正解なんてきっとないんだろうね。

あぁぁ、答えがでないnoteになってしまいました💦

「これからも考え続けなさい」
ということなんでしょう(*´ω`*)

と、
中途半端なままで終わります(*- -)(*_ _)ペコリ


こういう感じの記事は、👇のマガジンにあります。

最後まで読んで下さってありがとうございました❣






優しいお気持はありがたく、ちゃっかり頂く方針にしました💖