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鯨の中へ 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(15)〜

〈まあ、大層な言葉でいえば、幻想的、超現実的、あるいは荒唐無稽というべきか。あいつの手紙が意味不明なのは、文法が破綻しているためなのか、僕の知識不足の問題なのか、未だによくわからない。
 それでも僕はあらん限りの想像力を駆使して解読に努め、優しい言葉に置き換えているつもりだ。読者の皆様方(もしいればの話だが)においては、支離滅裂・ご都合主義などといって責めないでいただきたい。当然のことだが、現代詩よりははるかに読みやすく内容にも信用がおけるはずだ。〉

鯨の頭の中に降りていく役目を担うのは
タコである

ほんとうの名前は違うが、とても長たらしいので、
〈タコ〉にしておく
奴はノンマルト族だ
オレたちの先祖が滅ぼした先住民族の末裔である
民主主義や言論の自由を掲げているらしいオレらの国は
触れたら大やけどをするタブーがいっぱいだ

オレたちは鯨のまわりにやぐらを組み
掻き出しの準備に入る
いよいよだ
これから始まるのは鯨脳油を取り出す作業
鯨脳油とは今でいう原子力みたいなものだ
鯨の頭に穴を空けて神秘なるエネルギーを取り出す

さて、タコは片手にスキを、片手に滑車を持ち、
スルスルと櫓を登っていったかと思うと
滑車を横棒に固定し
綱の一端を甲板に投げてよこした
準備万端
タコが飛び移った先は鯨の頭のうえ
おぼつかない足場を気にしながら
黒く厚い皮膚をまさぐり、叩いてみたりしながら
穴を空ける場所をさぐっていくのである
やがて入念な探索が終わると
スキを鯨の皮膚の奥深くまでズブリと刺し
空洞をつくり
ほどなくエモい香りがただよってくる
ホー ホー と誰かが奇声をあげると
滑車と綱を使ったバケツリレーが始まった
バケツが次々に往復し
掻き出された液体が運ばれてくる
摩訶不思議な芳香を放ち
白い泡が泉のように湧いてくるキラキラした液体
その神秘の油は 甲板に運ばれたあと
船体地下の大樽につながる管に流されていく

(ところでなあ、
 バケツリレーとはまた何て原始的な、と思ったかい?
 だがな
 原子力発電所でやってることだって似たようなもんだぜ
 臨界状態のエネルギー体を汚いバケツで運ぶ
 毒を浴びないように手早くやらなくちゃならない
 イノチガケの作業なんだ)

このときだ
全く予期しない事故が起こったのである
ドブ、ドブ、ドブ、という怖しい音
タコが足を踏み外したらしいのだ
鯨の頭がすべすべしていて足を滑らしたんだろうか
そのとき、ドブ、ドブ、ドブ、という怖しい油の音を
オレたちは確かに聞いたのだった

さあどうなっちまったんだか
甲板からはよく見えなかったが
船員たちは大騒ぎ
落ちたダ! 落ちたダ! と
すばやく櫓にのぼっていった我が相棒のクエクエ
騒ぐばかりの舟子たちを尻目に
ボートを! ボートを!
何? ボート?
叫び立てるクエクエに促され
オレたちはボートを綱に括りつけ滑車で運ばせる
それからは何とも珍妙 非現実的ななりゆき
クエクエはタコを救うべく悲壮な覚悟で
ボートと一緒に鯨の胎内に飛び込んでいったのである
またふたたび
ドブ、ドブ、ドブ、という怖しい音をオレたちは耳にした

(このあとに物語る奇妙な冒険譚は
 黄泉の国から奇跡的に帰還したクエクエが
 オレにしてくれた寝物語に基づいている)


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