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第7話・アルガンの功罪

 ウッドバルト魔法学院には飛び級制度がある。優秀な生徒は学院にとどまっていてはいけない。国を護る即戦力として、戦地へと送り出されるのが国の決まりだ。

 ウッドバルト王国の南は海に面し、貿易が盛んだ。海商の国としても名を轟かせ、自国から採掘されるガルギングリウム鉱石、通称ガルグリ鉱石の輸出が産業の中心となっている。ガルグリ鉱石はいわゆる魔法石としての性質を持つ。精製段階で魔力の源となる【魔力の雫メタモル】が大量に抽出できるのだ。その過程で排出される【精錬の鋼材ドラガヌ】は、武器・防具の素材として重宝されている。

 硬く錆びず折れない、龍族を打ち払う武具づくりには欠かせない。こうした資源国家として名をせたウッドバルト王国は、南の海以外は三国に囲まれ、常に侵略と戦ってきた。北に元勇者バルス・テイトが統べるオーギュスター公国。西に大賢者リム・ウェルの名を冠したリム王国。この二国はウッドバルト王国と不戦の契りを交わしている。小規模な衝突はあるものの、この数年間、領土問題になるほどの大きな戦いには発展していない。

 一方、東に構えるサグ・ヴェーヌ共和国はラインアルフ卿が元首となる国家だ。共和制を敷いている。国民による選挙で選ばれたものが元首となる故、ウッドバルト王国・オーギュスター公国・リム王国とは一線を画する民主主義によって国家運営を行っている。

 国民となるものは、オーガーやタイタン、サイクロプロス、ヘカトンケイレスといった巨人族だ。人類の亜種として虐げられてきた巨人族は苦難の道を歩んできた。巨人たちは細かな種族の垣根を飛び越えて、一つの国家を創り上げた。それが、サグ・ヴェーヌ共和国だ。サグ・ヴェーヌとは巨人語で「心豊かなるもの」を意味する。

 ウッドバルト王国にとって、このサグ・ヴェーヌ共和国は目の上のたんこぶともいえるものであった。お互いの領土境界線を譲らず、この数年は激しい交戦状態になっている。ウッドバルト王国は十二聖騎士の派兵をもって、戦闘状態の鎮圧に追われていた。それゆえに、魔法学院は魔法学を学ぶ場というよりも、戦場へと送り出す魔法戦士を創り上げる場と言った方が適切であった。

「ジャンヌ、まいった」

 一ヶ月前、久々の登校でジャンヌに意地悪をしたファル・モンフェスが膝をついた。ファルは見習い僧侶としては、武闘の腕は立つほうだったが、ジャンヌの前では赤子同然だった。ファルはいつも右手に小石を握りしめている。当たれば威力は数倍だ。 

 ファルの汚い戦い方に他の同級生たちはやられっぱなしだった。ファルに勝てるものはいかなった。これまでは。

 ジャンヌはファルの卑怯さを見抜いていた。要は当たる前に、倒せばいいのだ。もっと厳密にいうと、殴りかかられる前に倒せばいい。ジャンヌはこの一ヶ月、ファルとの戦いでは負け知らずだった。最初のうちは接戦を演じていた。ジャンヌなりにいきなり強くなったことが周りにバレてしまうのは、厄介やっかいだと思ったからだ。だが、ファルの卑怯な戦い方に傷づけられていく同級生たち。親友のロキ・スタインが口の中を切った時に、ジャンヌの理性が吹き飛んだ。手加減をせずにファルを叩きのめしたのだった。

 授業ではあったが、口をださなかったセイトン先生はさすがにジャンヌを止めた。ジャンヌはセイトンよりもレベルが上だった。だが、先の大戦で四天王の一人として武功を挙げたセイトン、戦いの経験はジャンヌよりはるかに上だった。

「ジャンヌ、それまでよ」
 セイトンがジャンヌを制する。ジャンヌは興奮すると、手が付けにくくなる。だから興奮スイッチが入る前に止めるようにと、セイトンは心掛けていた。
「先生、ファルが悪いんです。こいつは徹底的に懲らしめないとわからないと思います」
 ジャンヌの様子がおかしい。ファルは腕を取られ、何度もジャンヌにまいったの合図を送っている。

「いてぇえええ」
 ファルの絶叫が中庭に響き渡る。

「よしなさい、ジャンヌ」
 セイトンの静止にジャンヌは聞く耳を持たない。
「先生、今度は僕、負けませんよ」
いつになくジャンヌは挑発的だった。預かっている【無情のナイフ】が蒼く明滅している。

 上空から大きな影が中庭に落ちてくる。
「ヒャァッッハァ~」
「ゴード!」
同じ四天王として戦ったセイトンはゴードの姿を見て瞬時に誰だかわかった。

「セイトン・アシュフォード!久しぶりだな」
「私をフルネームで呼ぶのはあなたぐらいね」

 ゴード・スーはオーギュスター公国の脇道を通り、ウッドバルト王国へと続く隠し街道から入国した。衛兵たちの目をかいくぐる、盗賊王のスキル【忍ぶ蓑歩ステルスハグ】を使ったのだ。誰にも気づかれず、姿を消す、盗賊のなかでもこの上位スキルを持つものは、ゴード一人だった。

「この子が、ジャンヌ?」
 ゴードはセイトンにたずねた。
「そうよ、レベルが124。おそらくまだ上がっているはず」
「そうか、厄介な。ジャンヌよ、お前さん【エクスペリエンスの指輪】を持っているんだっってな」
「だったら、何?おじさん誰?」

 ジャンヌは興奮状態に入っていた。いつもは穏やかなジャンヌ。レベルアップのたびに自身の理性を制御できていない。ささいな言動・だれかの悪意に敏感だった。祖父アルガンをオークに殺されてから感情の制御がつきにくかった。

「こりゃぁ、いい目をしてるな」
「私だって、ジャンヌぐらいはいなせるんだけど、殺しちゃまずいでしょ」
「任せておきなって、セイトンは心配性だね」
 ゴードは身長100センチで体重100キロを越える男だ。小柄な巨体、なのにめっぽう素早い。両手の爪を装着せずに、右足を前へ、ジャンヌの方に向ける。
 ジャンヌが直線的な動きでゴードに向かって行った。明らかに暴走している。祖父アルガンの敵討ちで、オークを倒した時のあの状態だ。

 一瞬だった。向かってくるジャンヌをわずか半歩、半身をひねりかわすゴード。そのまま反動で体をもとの状態へ。ジャンヌの肘打ちが飛んでくる。ゴードはかがんでかわした。だれもが、ゴードがそのまま立ち上がるかと思った瞬間。ゴードは空にいた。上空5メートル、そこからジャンヌの死角、頭上にトンと当て身の左手を放った。

 膝をつくジャンヌ。土埃が舞う。

「ジャンヌ、君は何のために戦う?」
 ゴードはステップを踏みながら、陽気に問うた。

「うぅううう、僕は…」
「ま、答えられんだろうね。セイトン、彼を医務室へ」
 セイトンは首を横に振った。
 ジャンヌは立ち上がった。戦いの構え、右半身でゴードに対して戦闘の意思を見せた。次の瞬間、ジャンヌは上空に飛び上がり、ゴードの頭上めがけて手刀を放つ。

「やれやれ」
ゴードはスキル【月面の歩みムーンスライド】を発動させた。スキルは呪文とは異なる。発動条件はさまざまだが、基本的にはオートマティック型だ。大抵のスキルは自動発動する。

 【月面の歩みムーンスライド】は五センチ以内に敵からの攻撃を受けそうになった時に、自動発動するスキルだ。自身の分身を二体作り、自身はその二体分後ろに移動できる。オートマティック型だと、不便も多く後方移動の際に、自軍の攻撃を受けてしまうこともある。それゆえに、ゴードは任意発動・マニュアル型に切り替えている。

 ジャンヌの攻撃を二体分後ろでかわしたゴードは、分身体に魔力を移し替え、実体化。ジャンヌの足を払い、再び地に伏せさせた。
「ジャンヌ、君がこれほど動けるとは驚きです。レベルが130を越えていると言っていいでしょう」
 蒼く明滅していた【無情のナイフ】が光を失い、鈍色に変わった。ジャンヌの興奮が落ち着いた。

「ジャンヌ、大丈夫?」
 セイトンはジャンヌの肩を抱えて、声をかけた。

「先生、僕は、いったい…」
「あなた、おそらく【エクスペリエンスの指輪】に支配されているみたいよ」
 ジャンヌの右手親指にはめている指輪が輝く。ゴードがジャンヌに近づく。
「おぉ、懐かしい。これだ、これ。この指輪を探しておった」
「ゴード、この指輪って」
「あぁ、【エクスペリエンスの指輪】別名、【ソウルイーターの穴】。呪われた道具だ」
ゴードはジャンヌの親指を触りながら言った。

「これは、俺たち盗賊界では秘宝であり呪われた道具、呪具体カーズマター、とも言われていてね。特にこの指輪は、ある男に盗み出されて行方不明だったんだよな」
「それって…」

 疲れ果てたジャンヌがゴードを見つめて問う。
「おっ、ジャンヌ正気に近づいてきたか。この指輪を盗んだのは、前盗賊王アルガン・ガーティクス。君の祖父だ」

 ジャンヌの祖父、アルガンが前盗賊王だったとはセイトンも知らなかった。
「おじいちゃんが、盗賊王?」
「あぁ、俺の師匠でね、盗賊王から僧侶系に転職したけったいな人でね。最後の仕事って言って、その指輪を盗んだんだ」

「ゴードさんは、そのこの指輪を取り返しに?」
「おいおい、そんな物騒なこと誰がするかい。それはな、もう外せねぇ。ジャンヌ、君を主と認めているようだからな」
「ゴードがこの指輪を探していた目的ってもしかして…」

 セイトンはジャンヌに回復魔法【回復の雫レタム】をかけながら聞いた。
「あぁ、呪いの中和だ。これを見ろ。【理性の指輪レイションリング】だ」
 ゴードはベルトに挟み込んだ道具袋から指輪を取り出した。

「いわゆる、ペアリングってやつでな。【エクスペリエンスの指輪】の呪いを中和してくれるってやつだ。理性がぶっ飛ぶってことはだいぶ収まる」

 ゴードはジャンヌの左手を取り、小指に【理性の指輪レイションリング】をはめた。
「ところで、腹減らないか?どこかでウマいメシでも食いながら話そう」
 ゴードはジャンヌの右手を引っ張り上げ、立たせた。

「ゴードさん、おじいちゃんのこと聞かせてください」
「あぁ、そのつもりだ。それと、お前、スキルの割り振りしてないようだな。それも教えてやるよ。セイトンは教えてくれなかったのか?」
「バレたか。卒業するまで内緒にしておこうと思ってたんだけどね」
 セイトンは決まりが悪そうに、ジャンヌを見た。

「スキルって?」
「さっきみたいな、【月面の歩みムーンスライド】みたいなやつだよ」
「僕、スキルって持ってるんですか?」

 ジャンヌはゴードに尋ねた。
「君は、レベルアップをしてきた。レベルアップの基礎組成、まぁ生命力とか魔力とか、精神力とか、そういったものは底上げされている。これはレベルアップと同時に向上するものだ。一方、レベルアップするとボーナスポイントがもらえる。これを振り分けることでスキルが獲得できる」

「じゃぁ、僕に溜まっているスキルを割り振りしたいです」
「だめなのよ、ジャンヌ」
 セイトンが話をさえぎった。
「スキルは、秘術書ひじゅつしょがないと獲得できないの。つまり、スキルポイントと秘術書がセット。だいたい、師匠筋や旅団でいくつか保持しているのが一般的なの」

 ゴードの腹が鳴る。地鳴りのようだった。
「あぁ、話はここまでにして、とりあえずメシだメシ!何か喰わせてくれ!」
 セイトンはゴードをウッドバルト魔法学院の食堂へと連れて行った。

 リム王国では、元四天王にして盗賊王ゴード・スーがウッドバルト王国に入国した旨、リム・ウェルに報告されていた。

「ゴードがウッドバルトに入りましたか。私の誘いを断って、しかもウッドバルトに肩入れするのですね。残念ながら、散っていただかなければなりません。元四天王といえども情け容赦は無用ですから」

 リム・ウェルは宝珠から映し出されるくぐもった映像を見ながら、家臣たちに命じた。瘴気がリムの周辺を覆う。それは、ウッドバルト王国への宣戦布告だった。

 リム・ウェルの宣戦布告から三時間後、統制が取られたアンデッドたちの大群が進軍する。規模にして十二万の大群だった。その進路を阻むものは、魂が抜け落ち、アンデッドたちに取り込まれていった。進軍のたびに町や村が取り込まれ、アンデッドたちの軍勢は二十万に達していた。


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