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マッダレーナのサンダル

「7㎝以下のヒールの靴は履かない女になる」と12歳のマッダレーナは決めた。憧れていたNYのバレリーナが「7cm以上のヒールのある靴の方が楽なの」と、アーチ型に曲がった足の裏の写真の載った、VOGUEのインタビューで語っていたのを見たからだ。

バレリーナだった母と女の子はフェミニンにして欲しいと思っていた父は、3歳になったマッダレーナを歴史のある大きなバレエ教室に入れた。

マッダレーナは自分がバレエが好きだったのかどうかよくわからない。好きとか嫌いを考える前に、バレエは彼女の生活の一部になっていたのだ。歯磨きに好き嫌いを考えないように、マッダレーナにとってバレエがそれだった。

小学校、高校、中学と年齢をが上がるにつれてバレエ仲間はどんどん減っていった。バレエ教師は、体重が増えたもの、やる気のないものはやめてもらうと、毎年9月のコースが始まる前に宣言していた。

15歳のマッダレーナは自分もいつか辞めるのだろうか?と考えてみたが、辞める理由は思いつかなかった。ありがたいことに、いくら食べても太らなかったし、練習は辛ければ辛いほど自分が特別になれる気がして好きだった。

高校のクラスメイトのアメリから、「バレエは本当にやりたいことなの?」と一度聞かれたことがある。「本当にやりたいこと?そんなものが必要なの?」とマッダレーナは思った。やりたいことなんてなにも思いつかなかった。

バレエのレッスンが毎日14時半から始まるマッダレーナは、アメリたちと学校帰りの寄り道をしたことがなかった。13時半に高校が終わると、自転車で家に帰り野菜と鶏肉、全粒粉のパンを食べてバレエに行く。

その日もいつもと同じような一日だった。いつもと少し違うのは前日雨が降ったことだった。

自転車で昨日の雨のせいでできた大きな水たまりを避けようとしたマッダレーナは見逃していた路面電車の線路の上でツルッと滑った。

幸い大きな怪我はなく、自転車も壊れなかった。

自転車を起こしながらマッダレーナは自分がバレエに全く興味がないことを発見した。好きでも嫌いでもない。

マッダレーナは家に帰るのをやめアメリとジェラートを食べに行った。その夜「バレエをやめる」と母と父に伝えた。バレエ教室の月謝を払わなくていいなら、旅行に行こうと母は言った。

その後、マッダレーナは7㎝ヒールの靴を手に入れることはなかった。


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