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丸森時間差遺産 第4話「風呂上がりの夜風」


東京での20年間の暮らしを経て、20年ぶりに故郷へ移住したクリエイティブディレクターは何を思うのか。あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気付くものとは。Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長の太田伸志が、宮城県丸森町の広報誌「広報まるもり」にて連載中のエッセイを特別限定公開中!

  僕は熱い風呂が好きだ。理由は恐らく幼い頃の記憶、建て替える前の実家が五右衛門風呂だったせいかもしれない。当時住んでいた家は台所が土間になっており、祖母と母が夕食の支度をしている隣で、お風呂を沸かす係だった僕はよく薪を焚べていた。徐々に太めの焚き木へパチパチと火を育てていきながら、時々アルミホイルで包んださつまいもを一緒に入れたりして、沸きたての熱い風呂に入った後に、出来立ての甘い焼き芋と冷たい牛乳を喉に流し込みながら、縁側で夜風に当たるのが大好きだった。

 そんな風呂好きの僕が40年近く足繁く通っているのが「あぶくま荘」だ。丸森町に古くからある宿泊施設で、周辺の自然環境や美味しい食事も素敵ではあるが、やはり最大の魅力は、日帰り入浴もやっている熱めの大浴場。上京していた20年間も、盆と正月に帰省している間は毎日通っていたほどである。

 あぶくま荘には「山の湯」と「川の湯」という日替わりで男女が入れ替わる2つの大浴場があるが、そのどちらにもサウナが併設されている。最近はテレビがついているサウナも多いが、静かに蒸気が立ち込める音に集中したい僕のようなタイプにはおすすめの、シンプルで無駄のない空間だ。身体をしっかりと洗ったら、熱めの湯船で身体を温めてからサウナ室で10分。身体の汗を流してから水風呂に身体を沈めて1分。露天風呂付近で外気浴を10分ほど楽しむのが僕のルーティン。それを2〜3回繰り返した後に締めでまた熱い湯船に浸かるのだ。

 実は、本番はここからだ。風呂上がりの休憩所で冷たい牛乳を頂いた後、駐車場の車に乗り込み、窓を全開にしながら帰路に着く。木々がトンネルのように包み込む森の新鮮な夜風が吹き抜けて、とてつもなく気持ちが良いのだ。町の中心部へ向かうまで10分ほど極上の整いドライブを味わえる。熱い湯船とシンプルなサウナだけでも十分なのだが、風呂上がりの牛乳と窓全開のドライブと森の夜風。その過程全てが僕にとっての風呂なのだ。あれから全国各地の温泉や銭湯にも足を運んだが、結局いつもあぶくま荘に戻って来てしまうのは、この極上の「過程」をまた味わいたくなるからだろう。

 家に帰るまでが遠足だぞと小学校の先生からはよく言われたものだが、家に帰るまでが風呂という魅力を感じられるのは、丸森町民だけの特権なのかもしれない。

丸森町時間差遺産004:あぶくま荘
熱めのお風呂が魅力の宿泊施設。石がふんだんに使用された「山の湯」と、木の素材感が魅力の「川の湯」がある。

時間差遺産【じかんさ-いさん】
あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気づくもののことを、筆者が勝手にそう名付けた。

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年、丸森町生まれ。クリエイティブカンパニーSteve* inc. 代表取締役社長。東北芸術工科大学 講師。2023年から丸森町のクリエイティブディレクターに就任。作家でもあり唎酒師(ききざけし)でもある。



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