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LUCKY

           ハリー・ディーン・スタントンに     

三月最後の月曜日の午後
ぼくは恋人にメッセージを送ると
地下の映画館に降りて行った
痛む右膝と左肩をかかえたままで

眠れない男の
月あかりにうかぶ洗面台で
テキサスのやさしい風が語りかける
ひとはみな生まれるときも
死ぬときも独りなんだ、と

alone
独りの語源は
all one
みんな、独り
ということさ

朝のコーヒーを啜るスタンド
おたがいの挨拶は
You're nothing
沈黙がにぎやかな朝

宇宙には
管理人などいない
暗いバーで呟くシーン
煙草が吸いたい主人公はつづける
そこにあるのは無だけなんだ
nothing
無があるだけさ

じゃあ、無ならどうするのさ?
酒場の負けない女が
胸をそらして聞き返す
無ならどうするのさ?
出口に向かって男は呟く
頬笑むのさ

やがて
暗いバーに残された
男たちと女の顔に
さざなみのように
頬笑みがやって来る

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