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対話の少ない学校


*トラウマに触れる内容です。ご注意下さい。

私は小学生のころ、優等生だった。
委員長を何年もしたり、運動も得意。先生からも信頼されていた。

長年、そのことを誇らしげに感じていたけど、今思えば、先生や学校からの抑圧に過剰適応していた部分も大きいと思うようになった。

無理していたし、頑張りすぎていた。
こうやったら大人に良い反応をもらえる、とわかった上で発言していた事を覚えている。

いわゆるいい子ちゃん。
空気を読みすぎる敏感な子。

昭和時代は先生が子供をボコボコに殴ることは日常的にあり、ヤンチャな子や先生の言うことを聞かない子は、容赦なく暴力を受けていた。

理科や数学の先生はよくブチギレて暴れていた。

バレーボールの顧問からは、自転車を二人乗りしていた罰として、竹刀で思いっきりお尻を叩かれた。

暗くて狭い放送室で叩かれて、一瞬意識が朦朧として倒れそうになったこともある。でもなんとか意識を保たなきゃって必死に耐えた生々しい記憶がある。

放課後に教室に残って友達と喋っていたら、ある男子が飴を持ってきて私たちにくれた。私は真面目だったから、その場では食べずに帰宅してからとその飴をポケットに入れた。

でも、食べていた子が先生に見つかり、食べていなかった私まで、放送室に連れて行かれて平手打ち、、、

先生は私のいい分は聞いてくれなかった。

塾の先生からも平手打ちされたなぁ。
理由はもう忘れてしまった。みんな一列に並ばされて、ひとりずつ叩かれた。

私はいい子ちゃんなのにこんなにも。
ヤンチャだった子や先生の言うとおりにできなかった子はもっと虐待を受けていただろう、、、

あの時代は悪い事をしたら殴るものと、私も家族も社会も容認していた。

先生の期待から外れたら、しばかれて当たり前。

昭和時代の“普通"は、今思えば"異常"だった。


娘は学校でのあれこれを話してくれる。

学校という場所では日々いろんな事がある。
表面上の暴力はないが、先生のマインド面はまだまだ昭和時代から変わりきっていないんじゃないと感じることがある。

特に今の担任が気になる。
先生の発言が絶対正しいというスタンス。

「それおかしいやん!」からスタートするから、子どもは「ハイ」としか言えないと。

自分の考えや感じたことは、押し込んで従うしかないと娘。

そう。そこには『対話』がない。
『問いかけ』もない。

子どもには子どもの言い分がある。
子どもには一人一人先生とは違う考えもあり、感じている気持ちがある。


娘のクラスメイトのある女子が、発表で固まってしまい声が出なくなってしまうことも教えてくれた。

5年、6年の先生共に、その子に対して「しっかり発表しなさい!」「休み時間は話せるのだから、しっかり発表できるはず!」と叱責するらしい。そして緘黙になる。
先生はますます苛立つ。

私だったら、何か困っている事がないか聞きたい。
何か困ってる事ないか?
できることないか?って一緒に考えたい。

その子は、幼稚園生の時に、茶道の時間に右手、左手がわからなくなって混乱し固まってしまっていた。

毒の強い副園長がその度に叱責していた。

「そんなこともわからないのか」と。
そして泣くとお仕置き部屋に連行…

先生ってそんなに偉い存在なのか?
狭い組織の中で君主になっていないか?
先生は自分を見失っていないか?
優位に立つことで自分を満たしていないか?
子どもの尊厳って何?
人権っていったいなに?
なぜ対話しない?
問いかけしない?

答えは子どもが知っているよ。
子どもが安心して過ごせる場所になってないよ。



この子はあとどのくらい、大人から悪い影響を受け続けるのだろうか、、、

この子が不登校になるのは、時間の問題なんじゃないだろうか、、、

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