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晩翠怪談 第34回 「ドアスコープ」「喪のポール」「そっくりクッキー」「ディテール」「ついてった」

割引あり

■ドアスコープ

 都内で飲食関係の仕事をしている篠子さんは、五年ほど前の一時期、豊島区にある2階建ての古アパートに暮らしていた。真冬のひどく寒い晩のことだったという。

 深夜1時過ぎ、寝床に入って微睡み始めていると、突然ドアのチャイムが鳴った。
 こんな時間に誰だろう……。訝みながら起きあがり、足音を忍ばせながらドアスコープを覗く。
 ドアの外には、蛍光灯が投げ落とす仄かな明かりに照らされた無数の小さな首が浮かんでいた。

 大きさはピンポン玉と同じくらい。男も女もいたし、赤子や老人の顔もあった。
 いずれの首も満面に貼りついたような笑みを拵え、こちらに視線を注いでいる。
 そのまま背後へ退き、布団の中へ潜りこむ。翌週には慌ただしく荷造りを済ませ、都内にある実家へ舞い戻ったそうである。
 初めての独り暮らしを始めて、そろそろ一年近くが経たんとする頃の出来事だったのだけれど、以来二度と独り暮らしをする気になれず、今も実家で家族と一緒に暮らし続けているという。


■喪のポール

 会社員の横山さんは、中学時代にこんな体験をしたことがあるのだという。
 彼が当時暮らしていた、東北の寂れた田舎町での話である。
 ある朝、横山さんがいつものように自転車で通学路を走っていると、道の前方に立つ理容店のバーバーポールが目に留まった。

 この時間、ポールは回っていないはずなのに、この日はくるくると回っていた。
 但し、色は赤青白の三色ではない。白と黒の二色である。
 今まで一度も見たことのない取り合わせだった。なんだか鯨幕が回転しているようだと感じる。
 不審に思いながら近づいていくとポールはふいに動きを止め、色も元の赤青白の三色に戻った。自転車を停め、つかのま様子をうかがってみたが、ポールが再び動きだすことはなかった。

 その日の放課後、理容店の前に差し掛かると、軒先に大きな花輪が並んでいるのが目に入った。店の壁には白黒の鯨幕も掛けられている。
 のちに聞いたところでは同じ日の朝、店の女主人が心臓発作で亡くなったとのことだった。

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