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晩翠怪談 第36回 「痺れを切らす」「白の怪」「潜伏」

割引あり

■痺れを切らす

 お盆のさなか、年配の篠江さんが夜中に自室の布団で寝入っていた時のこと。
 突然「おい」と声をかけられ、はっとなって目が覚めた。
 枕元には、顔色を灰色に染まった亡き夫が、憮然とした表情で篠江さんの顔を覗きこんでいる。
 思わず「ひゃっ!」と悲鳴をあげて飛び起きるなり、夫の顔はぱたりと仰向けになって倒れた。

 見るとそれは、仏間の長押に掛けている夫の遺影写真である。
 篠江さんは独り暮らしのため、枕元に写真を運んで来る者などいない。写真が勝手に長押から飛びおりて仏間を抜けだし、ここまでやって来たとしか思えなかった。

 夫が亡くなって10年近く経とうとしているが、ここ数年は暑さにかまけて、お盆の破壊参りに出向いていなかったことに思い至る。明日も親しい友人たちとカラオケに出掛ける予定だった。
「ごめんね、あたしが悪うございました……
 倒れた遺影に長々と手を合わせた翌日、篠江さんは久方ぶりの墓参りに出向いた。

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