気功と暦法(簡単バージョン)

もうすぐ「春節」(2022年は2月1日)ですね。本来はアジア全体でお祭り騒ぎなのですが、時節柄バーチャルが盛り上がるのかもしれません。

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さて、この「春節」というのは、いうまでもなく旧暦でのお正月に相当します。この「旧暦」「新暦」というのはなんなのでしょう。
簡単に言ってしまえば
①「旧暦」:月の満ち欠けと太陽の運行で一年を定める暦
②「新暦」:太陽の運行と日割りで一年を定める暦
のことになります。

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よく、神社に行くと「月次(つきなみ)祭は一日と十五日」という立札などがありますが、あれ、「新暦」の感覚で見ると「月の初めと真ん中」っていう解釈になりますが、「旧暦」でみれば「新月と満月」ということがわかるんですね。真っ暗な夜と一番明るい夜、無くなった月のゼロ地点とピークということになります。

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つい先ごろ終わった小正月も睦月の14日(満月の1日前。小望月)に行うのであって、一説にある冬至の祭説や立春の祭説がいかにも新暦風解釈なのがわかると思います。年が変わって初めての満月にはそれなりの意味があるのです。

これも、誤解のうちですが、1年を規定するのは太陽の運行、つまりは地球の公転であり、昼夜の長さが等しくなる春分・秋分、昼夜のどちらかが最大になる夏至・冬至などの点からの一周の時間が1年であり、それを24分割したのが二十四節気で、その中で月の新月(0)→満月(100)→晦日をひと月とします。
したがって、お正月やお盆などの行事は月に従い、春分や秋分などの行事は日に従うことになります。

農耕や狩猟など自然とより密接に暮らす場合、暦は最大級の武器であり、城壁なのです。

さて、そうはいっても、お日様やお月様の影響なんてそうそう実感はないですよね。
世の中、満月になると精神が不安定になるルナシーというような病気や、満月に怪我をすると出血が多いというような認識、また、女性の月経などの影響などはわかるでしょう。また海の潮汐のようなものもあります。
太陽も衣服の違いくらいしか目がいかないかも。

でも、実際に月がなくなると、地球の自転は今の2〜3倍のスピードになるそうなので、長期的には生存不可になります。
太陽がなくなれば、「太陽系」がなくなるので、地球自体が存在できません。

衣服という点でも、人間は非常に微妙な10度程度の範囲で体温を保たないと死んでしまいますし、シーズンごとに衣服で寒暖を調節するのは実は重要な生命維持なのです。

やや詳しくは後日書きますが、秘伝・奥伝は初伝にありで、重要なポイントになるのですが、私たちの存在は閉じているようで開いていて、開いているようで閉じています。

呼気は空中とつながっていますし、日差しや気温は皮膚などの体表に密接だし、体温は大気に拡散していくし、蒸散した水分もまた拡散します。
ある面で堅牢な城壁を持ち、ある意味で幻想のような仕切りしかないのが人間と自然の境目なのです。

特に生殺与奪の権理を持っている月や太陽の影響は、実は私たちが思っている以上に大きくて強いものです。
※日本のような「太陽信仰」の国は、天体の影響の最大値に関心を向け、中国のような「星辰信仰」の国はバランスに関心を向けているということです。

たとえば、日記に旧暦の日付または月齢をメモしておくだけでも、生き物としての自分を再発見できたりします。

そうして、気功の実践は、自分と外界のつながりと区分、自然と自分のつながりと区分を自覚する術でもあります。


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