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【錬金術】


[参照]
https://contest.japias.jp/tqj2010/120192/about.html

錬金術とは 第一講

1-1 錬金術の概要
 錬金術とは、一般的には「賢者の石を生成し、卑金属(鉛等)を貴金属(金等)に練成する技術」と思われているが、これは大きな誤りである。確かに錬金術の中には「賢者の石の生成」という技術が存在するが、それは黄金練成が目的ではなく、本来は人間の昇華である。つまり「卑金属を昇華して貴金属に練成する」というプロセスを人間に用いて、人間を聖書で言うところの「原罪以前の人間(林檎を食べる前のアダムとイブ)」の状態に昇華させることであり、究極的には世界再生=宇宙全体の昇華が目的とも言われている。(ただし、研究者によっては黄金錬成こそ錬金術の至高目的だと唱える者もいる。)
 この人間の昇華や世界再生はアルス=マグナ(大いなる秘法)と呼ばれる。
 つまり本来の錬金術師とは怪しげな魔術師ではなく、「哲学者」や「賢者の代名詞」といった意味合いなのである。

 こうしてみると、いかにも胡散臭そうに聞こえるが固定観念を捨てるとそうでもないことに気付けるだろう。例えば、人類救済の理念は「聖母マリアから処女生誕したイエス・キリストはゴルゴダの丘で処刑されるも三日後に復活して……」ということを信条にしているキリスト教系諸教派や、因果論を原則とし輪廻転生を論ずる仏教系諸宗派などで普通に見られる。つまり錬金術とは一つの宗教である、とも言える。

 しかしながら、現実での錬金術というのは非常に胡散臭い目で見られることが多く、確かにそれにはしょうがない理由も存在する。例えば、錬金術最盛期には錬金術師を騙る詐欺師達が貴族相手に黄金練成をしたように見せて大金を搾取したり、さらに十五世紀にはフランス貴族のジル・ド・レイが黒魔術と結びついた錬金術を実践し百五十人とも千五百人とも言われる幼い子供たちを虐殺するという事件も起こっている。もっとも、この様な詐欺師や殺人鬼は錬金術師ではないが。
 だが、黒い面ばかりを見て本質が失われることは避けるべきである。錬金術は歴史上重要な部分を占めていたこともまた事実だ。

 錬金術の発展途上では化学史上重要な数多くの発見がなされた。硫酸、硝酸、塩酸、王水、アンチモン、燐などはどれも錬金術師が発見した物質である。物質だけではなく、多くの実験器具も錬金術師が使用していたものが現代の化学で用いられている。さらには現代の化学で解明された原子構造について予想していた節もある。

 そもそも錬金術とは一概に「こういうものだ」といえるものではない。何故なら錬金術とは「学問」であり、18世紀にラヴォアジェの理論で否定されるまでは現代における化学と同様のもととして、また「宗教的な思想を持つ哲学」として立派な地位を持っており、当時から現在にかけて多くの学派に分かれ、本物偽物問わず多くの思想が氾濫しているからだ。分かりやすく例えれば現代のキリスト教の様な感じ、と言えるだろう。ただ、特に大きく二つの思想に分けられることは覚えておきたい。
 一つは黄金錬成・不老不死を目的としたヘルメス思想。もう一つは人間の昇華を目的としたフリーメーソン思想である。
 なお、このサイトでは、特にどの学派、ということではなく全般的に共通している部分をメインに解説していく。

では次に、錬金術の基礎理論を説明する。

1-2 錬金術の基礎理論

 錬金術とは純然たる理論体系に基づいており、現在の科学の役割を果たしていた時代すらあった。しかも、実は錬金術の大前提となっている概念は、現在の原子核物理学と大きな違いが無い。(錬金術自体が化学と大差ない、ということではない。)

 この概念はヘルメス哲学を元としており、その根幹は物質の原一性(ユニテ)である。この原一性理論とは「物質は一つであり、それはさまざまな形を取ることができ、さまざまな形でそれぞれ別々の性質を持つのである。」ということだ。この大本の物質は第一質料呼ばれる。また、この理論は「万物が変化し続けても、何一つとして消滅することはない。」とも言える。これは化学の保存法則の一つである質量保存の法則と大きな違いがあるが、根本の物質が変化しないという点において、同一である。化学と錬金術の詳しい違いについては1-3 錬金術と化学で説明する。

 では、その物質の原一性について述べていこう。
 そもそも、この宇宙全てに存在するモノは神に創造されたもので、神は全宇宙をその自身に内包している。つまり宇宙の外側には神がいて、その神の存在する領域は誰にも創造されず最初からあった世界と言われている。(画像参照:画像はクリックで大きくなります)
 そして神に創造された被創造物は唯一であり、ただ特性によって分かれているだけで、人間・動物・植物・鉱物等、有形のモノは元は全て同じである。
世界の構造
 例えば、錬金術師が黄金錬成をしたとしたら、その時錬金術師は新しいモノを作っている訳ではなく、物質の形相を変化させているだけ、という事になる。
 では、全てが同一の物質からできているのならば、ある物質と他の物質を区別する要素はなんであろうか?
 それは三原質と四元素である。この理論はアリストテレスにより提唱された。


 三原質とは、その物質の性質である。現代の化学のように物質ごと詳しく分けている訳ではなく、名称の通り全体を大きく三つに分割している。
 この三つは「硫黄」「水銀」「塩」であるが、ここで注意をしておきたい。これらは文字通りの物質を指すのではなく、物質の特性を名称化したものである。化学でも、酸性と塩基性(アルカリ性)の中和で塩(えん)が発生するが、これは食塩(NaCl)とは別物、という似たような考え方がある。
 硫黄は可燃性・腐食性などの能動的性質、水銀は揮発性・可溶性などの受動的性質を持ち、それぞれ正反対の性質を持つ。また、硫黄は男性的、水銀は女性的、という性的二元論にも通じる対応もある。
 塩は硫黄と水銀を結びつけるエーテル体で、下記の四元素と矛盾するようだが、第五元素とも呼ばれるが、塩は特には重要でなく、重要なのは硫黄と水銀の二元論である。
 また、「硫黄」を多く含む物質は金、「水銀」を多く含む物質は銀、「塩」を多く含む物質は水銀、と考えられていた。
 図表で表すと、下記のようになる。

_第一質料_/ 硫黄:男性:能動:熱:不揮発性
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 水銀:女性:受動:冷:揮発性


 次に、四元素の説明に移る。これはその物質の状態であり、それぞれ「水」「土」「空気」「火」の四つである。この名称も三原質と同じで、言葉通りではなく物質の状態を名称化したものである。
 「水」と「土」は可視で、「空気」と「火」は不可視であり、それぞれ熱・冷・湿・乾の性質を持つ。
 また、これらは下の様に周期的に遷り変り、これはプラトンの輪と呼ばれ、四元素はこの順序で遷り変る。また、逆にも遷り変りえる。

「火」→→(凝結)→→「空気」→→(液化)→→「水」→→(固体化)→→「土」→→(昇華)→→「火」

 四元素と三原質の関係は、上の図に下を付け足した様になる。

            _硫黄_/「土」 乾:冷:可視:固体
           / ̄ ̄ ̄ ̄\「火」 乾:熱:不可視:希薄
_第一質料_/__塩__
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           \_水銀_/「水」 湿:冷:可視:液体
             ̄ ̄ ̄ ̄\「空気」 湿:熱:不可視:気体

 なお、これらを化学に対応させると、「水=液体」「土=固体」「空気=気体」「火=プラズマ」になるといわれている。


 全ての物質はこの三原質と四元素の比率により別の性質を示す。錬金術師はこの比率を変化させることで、ある物質を別の物質へ錬成しうる。
 そして、物質の変化、詰まる所この二つの要素を変質させる原動力は生気論が元となっている。
 前項で紹介したが、錬金術の目的は物質の純化、霊的な次段階への昇華である。錬金術師は物質が本来持つエネルギーを生命根源の力で、第一質量に働き掛け昇華させようとする。だがこれはファンタジーでいう魔力とかいう類の物ではない。これは燃料ではなく、着火剤と言うべきである。

金属と惑星の対応表
銅………… …………金星
鉄………… …………火星
錫………… …………木星
鉛………… …………土星
水銀……… …………水星
銀………… ……………月
金………… …………太陽
 また、七金属についても忘れてはならない。錬金術師達は状態により物質を七種類の金属に分けていた。これらは「銅」「鉄」「錫」「鉛」「水銀」「銀」「金」であり、金と銀は完全な状態、その他は全て不完全な、錬金術師の例えで言うと「病気の状態」である。ちなみに全ての金属は占星術における惑星の記号と対応しており、占星術と結びついた発想も存在した。
 通常は「地球の胎内から生まれてくる物質は金属となり、本来全ての金属は完成形、つまり金として生まれる事になっている。だが様々な要因でそれは妨げられ、多くの金属は卑金属となってしまう。しかし、全ての金属は常に完成形になろうと働いているので、地中深くで長い年月をかけ徐々に変性する。」という理論が主流だが、十七世紀オランダの錬金術師グラウパーは「一度金に到達した金属はまた逆の順で鉄に戻る。そして鉄に戻った金属はまた金を目指す。」として金属の循環を説いた。
 金語句が地中で金属が変性する際、

 鉄→→銅→→鉛→→錫→→水銀→→銀→→金

 の順番で変性し、鉄が最も不完全であり純度もこの順序である。

 では、次はいよいよ化学と錬金術との関係について解説する。

1-3 化学と錬金術
 まず結論から言うと、化学が「この世の現象が全て化学物質の化学的作用によるものだ。」とするのに対し、錬金術は「有機無機を問わず全て生物的な活動に近い。」としている。

 学校でも習うだろうが、現在の化学では「全ての物質は元素からできており、その元素は陽子・中性子・電子の組み合わせで成り立っている。」という理論が主流、というか根源となっている。この理論は「物質を極限まで分割すると,最終的にはさまざまな形質・性質の粒子になる。」というフランスの化学者ボイルが十七世紀前半に提唱した理論が基礎とっており、以後幾人もの反錬金術的な科学者達が研究を重ね、二十世紀にデンマークの化学者ボーアが最終的に証明した。
 この理論の陽子や中性子の概念は錬金術における物質の原一性と非常に似通った理論であると同時に、元素の存在は錬金術を否定するという奇妙な理論となってしまった。
 錬金術衰退の原因となった理論はもう一つある。直接的に錬金術理論とはあまり関係が無いが、フロギストン説である。これは十七世紀にドイツの科学者ベッヒャーが提唱し、十八世紀にドイツの医者シュタールが証明しようとした理論であり、最終的にはフランスの科学者ラボアジェによって証明された。これは「『燃焼』という過程において、物質を燃やす燃素(フロギストン)という物質が介在する。」という説である。この説によると、燃えやすい物質ほど燃素をより多く含み、燃素を消費することで物質は燃焼する、となっている。
 しかし、この理論もまたラボアジェにより否定された。ラボアジェは質量保存の法則の証明過程で、物質の燃焼前と後の質量を比べ、燃焼後の方が質量が大きいことを発見した。このことにより、燃焼では「何かが消失する」のではなく「何かが結合する」という事が証明され、フロギストン説は否定された。
 よって、物質の変成にはその物質以外の物が関わっている事も間接的に証明されたため、錬金術の原一性理論も否定されてしまった。

 錬金術師達は三原質・四元素論の否定を跳ね除けることが出来ず、その後徐々に衰退して行き現代に至るのだが、錬金術師側の化学への見解もここで紹介しておく。化学者達が錬金術を否定しようとしたのに対し、錬金術師たちはあくまでも化学と錬金術を別物であるとして区別をしようとしていた。
 ヘルメス哲学者のペルヌティは「化学は自然が作り上げた物質を破壊するものであり、ヘルメス的化学(=錬金術)は自然を完成させるための術である。」と自身の論文中で語っている。また、別の錬金術師の言ったことを要約すると「化学とは物質の外見上の性質のみ特化した学問であり、複数の物質を化合・分解するのみであり、概念的に最初に用いた物質以上の組み合わせは無い。しかし錬金術は物質の在り様を変質させるだけなので、あらゆる物質からあらゆる物質を得る事が出来る。」と、なる。

 現代の化学と錬金術とは完全に別物でありながら、化学的作用によるものか、それとも霊的な作用によるものかの違いだけで、非常に近い部分も存在するのだと分かるだろう。

 次は現代における錬金術について考察する。


錬 金 術 と は  第一講


1-4 現代の錬金術
 現代においては錬金術というものは絶滅し、そんな疑似科学の典型みたいなものを信じているのは一部の好事家だけである、というのが一般的な認識であろう。「一部の好事家」というのは否定しきれない面もあるが、そこまで衰退しているわけでもない。

 現在でも錬金術というのは哲学的学問として、またいくつかの学問の研究対象として、さらには近代西洋魔術と結びついてオカルト的な側面を持つなどして、思ったより多く残っている。一応、コミックや小説、ゲームなどのファンタジーも現在に残っている錬金術と言えるだろう。

 オカルト的な意味で、現存する錬金術は主に大きく三流派ある。

・ボヘミア学派
 ヘルメス思想から発展した、黄金錬成・不老不死の霊薬を現代科学・化学で解明し、黄金錬成が物理的に可能にならないかと研究している人達。

・チューリッヒ学派
 錬金術の哲学的、宗教的な神秘性を研究しているフリーメーソン思想系の人達。
 これはオカルト的な方面に特化した学派であり、アルス=マグナを目的としている。

・ウィーン学派
 これは錬金術を性的に解釈する少数派で、比較的合理性はあるが、内容が学習サイトに相応しくないため今回は割愛する。

 また、化学的な面から歴史上の錬金術を評価しようと言う働きもある。
 例えば、ケミカル・ヘリテージ財団という、化学や分子科学の過去を大切にし、現在に伝え未来へと残そうとする活動をしている組織がフィラデルフィア錬金術会議というものを2006年に開催した。これは全盛期の錬金術と現在の化学の関連性について話し合う事を目的としていた。

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