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おりじなる小説

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記事一覧

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー 終

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー 終

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話(前回)

 湯船に身をゆだねているような、陽だまりが満ちた部屋でまどろんでいるような。そんな穏やかな安心感が、名前を呼ぶ声で遮られた。
 死体が起きたわけでもないのに大げさに驚く兄の姿で視界が埋まる。いつのまにか寝ていたみたいだ。

 講義を受ける学生のようにひしめく木々の輪郭を目でなぞり、そのまま視線を兄に戻すが、焦点はまだ

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑨

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑨

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話(前回)

「私、ツグちゃん。いまどこにいるんだろう……」
「最悪に面倒な酔い方をして電話かけてこないでくれる?」

 数日ぶりに聞いた妹の声は、暮れの大気に温みを覚えるほど冷めていた。漂う迷惑そうな気配が彼女のしかめ面を宙へ描き、いよいよ酩酊を自覚する。それでも口は負けじと回った。

「さっき間違えて前の家に行っちゃってさ。鍵は入らな

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑧

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑧

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話(前回)

「キリがいいじゃないですか。今日は大晦日ですよ」

 この数ヶ月、きっと切り出すタイミングを見計らっていたはずなのに、先生は身じろぎもせず、呼吸すらはばかるように押し黙っている。

「あの、何か言ってくれません?」
「明日になったら、後悔するぞ」

 小物じみた発言に、思わず頬が緩んだ。

「なんで脅しみたいになるんですか。でも……

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑦

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑦

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話(前回)

「同僚の……」

 そこまで口にしたのに、動揺のあまり私の苗字が記憶の底に沈んだのか、先生は尻切れした言葉を打ち切った。女性へ手のひらを向けて私を一瞥し、”カミサン”とだけ短く呟く。

「ゆかりです」

 名前なんて知りたくはなかった。そしてまた、私も明かしたくはない。
 しかし、先に名乗られてしまえば自分だけが濁すわけにもいかず、調子を合

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑥

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑥

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話(前回)↓

 石炭をばはや積み果てつ――。

 軽やかなタイトルに暗然たる冒頭文をあてた小説を半分読んだところで本を閉じた。
 少しのぼせて、足掛けに座り湯から半身を出す。アーチ状になった展望窓のむこうには、坂に沿った古い町並みと、雪で山肌が強調された南アルプスが広がっていた。朝もやがそのまま溶けたような白群の空が、稜線をいっそう眩しくさせている。

 年末

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑤

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー⑤

第1話
第2話
第3話
第4話(前回)

***

「おーい、体育館そろそろ閉めるぞー」

 高校三年生の頃。私とメグミは、琢磨先生の緩んだ声を合図に部活の自主練習を終えていた。

 あの日もそうだった。例年より早い木枯らし一号が吹いたと天気予報士が告げた日の放課後、県予選を控えた私は、体育館でひとりゴールへ向かっていた。メグミは進路指導室へ呼ばれていた気がする。

 後輩は私たちほど熱意がないら

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー④

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー④

第1話
第2話
第3話(前回)

 やめとけよ。たった五文字を兄が絞り出すまでに三台の車がアパート沿いの生活道を抜け、カップ麺も出来上がるだろう間、私は沈黙を貫いていた。

「既婚者なんかに手ぇ出して、ロクなことにならないぞ」

 耳から入った月並みな警告を一息で鼻から逃がす。

「わかってるって。お兄には関係ないでしょ」

 世間を過剰に騒がせるゴシップの数々が、それを証明し続けてきた。

「関

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー③

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー③

第1話
第2話(前回)

「じゃあ、よいお年を」

 仕事納めまではあと三日もあるのに、琢磨先生は半畳の玄関でひらりと手を振った。
 有給を消化して、生徒たちと一緒に明日から冬休みなのだという。

「ずるいじゃないですか」
「こんなときしか休めないんだから、羨ましがる前にちゃっちゃと仕事を終わらせておくんだな」

 底なしにやる気がないくせに、気づくと求められたことは過不足なくこなしている。
 い

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー②

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー②

第1話(前回)

「そういえばさあ。お兄が離婚したって、聞いてる?」
「いや知らないけど――痛っ」

 脳が言葉を理解するのと、頓狂な声が漏れるのと、動揺で親指の爪を五ミリも抉ってしまったのは同時だった。

「うそ!? というか、そういえばで話すことじゃないでしょ」

 凶器の爪切りを放り、指を咥えながら出す声は間が抜けている。

「会社も辞めて先週こっちに戻って来たんだってさ」
「待って待って、

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【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー①

【オリジナル小説】ハギノさん家のハッピー・ニュー・イヤー①

「五十嵐先生、私と付き合ってくれませんか」

 生徒を“卒業”する日の告白に、なんの問題があるだろうか。五歳。それが私たちの間にある誤差みたいな年齢差だ。驚いて目を見開く先生は、小柄な背丈と丸みを帯びた顔の輪郭が相まって、きっと未だに年齢確認をされている。
 そしてなにより、彼女いない歴五年、建設中の鳥の巣みたいな髪をかく先生が、まんざらでもなさそうに口元を緩めたのを見逃さなかった。

「あー。お

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【短編小説】カレンダーが赤い日に@3000文字チャレンジ

【短編小説】カレンダーが赤い日に@3000文字チャレンジ

「エビの尻尾って、先の部分を落とさなきゃいけないんだよ」

 油が跳ねちゃうから。得意げに言ったわりには危うげな手つきで、咲幸(さゆき)は尻尾の先端を切り取っていく。俺はふうんと頷き、親指ほどあるエビの背につまようじを突き刺した。

「全部切っちまえよ、面倒くせえな」
「えー、しっぽも食べるでしょ?」
「食わねえよ。そんなゴキブリの羽と同じところ」
 咲幸はむっと口を曲げ、おそらく人類最凶の敵を擁

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六月九日、深夜二時。浅峰駅にて(終)

六月九日、深夜二時。浅峰駅にて(終)

下記の続き

「どうして、その呼び方を……」

 なだらかな曲線を描いた顎や頬から、女の顔が露わになっていく。
 かつて姉だけが使った名前を発する小さな口、薄い唇は百々子とよく似ていた。しかしそれだけだ。

「百々子さんは、そう呼んだのでしょう?」

 白んでいく車内で自分を見つめる女は、記憶のどこにも存在したことのない人間だった。
 朝の眩しさのせいだけではない、竹串でスッと引いたような目。鼻は

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六月九日、深夜二時。浅峰駅にて③

六月九日、深夜二時。浅峰駅にて③

下記の続き

 千太郎を取り巻く穏やかな日々は、手を打つ一瞬の間に失われてしまった。さらさらと風に浚われていく砂のように、もう拾い集められはしない。

 窓の向こうの千太郎は五歳。
 オモチャを手にして、台所の百々子へと近づいていく。当時のブームは両生類や昆虫を模したオモチャで、手を開いたときの母や姉の反応を見たさに、ポケットはいつも物言わぬ生き物たちでいっぱいだった。
 音のない映像に、ぐらぐら

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六月九日、深夜二時。浅峰駅にて②

六月九日、深夜二時。浅峰駅にて②

下記の続き

 声と同時に手にした光は消え、耳障りな軋みとともに電車は入口を塞ぐ。
 瞬いても瞬いても黒の世界。
 たっぷり二十秒、月明かりの薄闇に目が慣れるころには、心臓も緩やかな鼓動を取り戻しはじめていた。

 窓際に座る人影はいつからあったのだろう。
 声は、そこから届いたようだ。

「そんなところに立っていないで、こっちへ来たら?」

 女の声は友だちを招くよう親しげで、しかしつるりとした

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