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東京国際映画祭2021『ちょっと思い出しただけ』感想

怪我でダンサーとしての人生を諦めた照生と、タクシードライバーの葉、2人のカップルが歩んだ6年の軌跡を同じ日を通じて遡っていく…

東京国際映画祭の7本目は『ちょっと思い出しただけ』。『私たちのハァハァ』(2015)、『くれなずめ』(2021)等の作品で知られる松居大悟監督の最新作。ジム・ジャームッシュ監督の名作『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991)にオマージュを捧げてるという点でも気になっていたが、プログラミング・ディレクターの市山さんが「松居監督にとってのターニング・ポイントになり得るかもしれない」と語っているのを聞いて尚更楽しみにしていた作品。

ちょっと思い出しただけポスター画像 (1)

2人の恋の軌跡を遡る映画と知った時、恋愛トラウマ映画として有名な『ブルーバレンタイン』(2010)を思い出したが、本作はあそこまで観ている人の心を抉るような作品ではない。

だが、劇中で描かれる恋愛の煌めきやすれ違いは、恋をしたことがある人なら誰もが胸を締め付けられるだろう。『アイスと雨音』(2018)や『くれなずめ』など、これまでもエモさ溢れる作品を作り続けてきた松井大悟監督だが、本作でもその手腕は遺憾なく発揮されている。

ちょっと思い出しただけ③ (1)

特殊な構成に序盤は戸惑ったし、背景も知らないから2人に感情移入もしづらい。しかし過去を遡り、2人の恋愛模様を観ていくうちに2人のことがどんどん好きになっていった。ここが本作の面白い点で、時系列が逆だからこそ、感情の入り方も逆になっている。

2人にすっかり感情移入してしまうからこそラストはよりいっそう切ない。確かに本編で語られることは、人生において「ちょっと」なのかもしれない。だが、そのちょっとに実に様々な思いが込められている。

また、2人を取り巻く人達との関わりや、ちょっとした偶然が運命を決定付けるなど、恋愛映画としてだけでなく、人生の妙を感じられる点も本作の味わい深いところだ。照生の行きつけのスナックのマスターや葉のタクシーの乗客など、2人を取り巻く登場人物達の描き方もユーモアたっぷりで笑いを誘う。会場で何度も笑いが起きていたし、自分も声に出して笑ってしまった。彼らを演じる豪華キャスト陣にも注目して欲しい。

ちょっと思い出しただけ① (1)

そして、本作が『ナイト・オン・ザ・プラネット』への多大なオマージュを捧げている点も本作の大きな特徴であり、筆者が好きな点。まず、葉がタクシードライバーとしている点からしてまさにだし、劇中の様々な乗客とのやり取りもまるで『ナイト・オン~』を観ているかのよう。(実際劇中でも『ナイト・オン~』の台詞のやり取りをしていたりする)

おまけにジャームッシュ作品常連の永瀬正敏さんも登場するという、想像以上に『ナイト・オン・ザ・プラネット』愛に満ちた作品でもある(上映後のQ&Aの時に、ある観客からの感想で「まるで、30年越しにナイト・オン・ザ・プラネットの幻の東京編を観たような気持ちだった」という発言には不覚にも感動してしまった)

ちょっと思い出しただけ⑤ (1)

本作に主題歌を提供しているクリープハイプの『ナイトオンザプラネット』も聞いて欲しい。松居大悟監督とクリープハイプは、自身の監督作『私たちのハァハァ』(2015)をはじめ、クリープハイプのMVを多く手掛けているなど繋がりも強い。自身も映画好きである尾崎世界観さんが好きな映画として挙げているのが『ナイト・オン・ザ・プラネット』。

この曲はクリープハイプの尾崎世界観さんが『ナイト・オン・ザ・プラネット』からインスピレーションを得て書き起こした曲。松居監督は、出来上がった曲を聞いてこの映画を完成させたのことらしい(ちなみにクリープハイプの「ハイプ」は、ニューヨーク編で登場する乗客・ヨーヨーのセリフ「Hype!」から付けられているとのこと)
※下記に「ナイトオンザプラネット」のMVを載せているので是非聞いてみて欲しい。

タクシーの女性運転手という珍しい役どころを演じた伊藤沙莉さん、今まで意識したことなかったが、本作ですっかり好きになってしまった。乗客とのやり取りが面白いし、本人がコンプレックスと語っている声も魅力的。劇中の「明日がいい」という台詞には切なくなってしまう。

鑑賞直後も「良い映画だった」と余韻に浸っていたが、実は観終わった後からじわじわきており、今の方がより好きになっていたりする。2022年の2月11日公開予定なので、興味ある人は是非チェックして欲しい。筆者ももう一回観に行きたい。

観ていなくても鑑賞には困らないと思うが、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991)も鑑賞しておくと、より楽しめることは間違いないだろう。こちらも是非チェックして欲しい。

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