《建築のデザイン》 安藤忠雄より早く泥としてのコンクリートで家を作った“吉阪隆正”
建築と家具のデザイン
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吉阪隆正氏の作品の特徴
吉阪隆正氏の作品の変化はユニークです。吉阪氏は、2年間、フランスでル・コルビュジエ氏に師事し、コルビュジェ氏の建築哲学や制作のプロセスを目の当たりにして学んできた経験があります。また吉阪氏は、父の影響もあり、登山家としても有名でした。また吉阪氏の父は官僚で、仕事の関係で吉阪氏を伴い、スイスと日本を頻繁に行き来していました。そんな影響もあり、吉阪氏のもつ世界観は非常にグローバルです。学生時代にもその後、世界中を見て回り、見聞を広めていました。
吉阪氏が学生時代に内モンゴルを訪れたとき、泥で作られた小さな家を見て衝撃を受けます。見るなり、吉阪氏は、ウォーと叫んで走り出したとか(※1)。
吉阪氏は、このときの衝撃と、その後、ル・コルビュジエ氏に学ぶモダニズム建築とその五原則、そしてル・コルビュジエ氏の作品の変化というものを自身の作品(建造物)に反映させていきます。それは、泥に家にみた「自由な造形」と「モダニズム建築の自由さ」そして「自然素材」という三要素を持ったものでした。それがよく顕れているのが、2022年に俳優の鈴木京香氏が購入し、杉本博司氏らに依頼し補修した東京都渋谷区代々木上原にあるヴィラクゥクゥです。
VILLA COUCOU(ヴィラクゥクゥ)
画像引用:wakiiii on Flickr
ル・コルビュジエの“近代建築の五原則”
近代建築の五原則」という言い方は、日本における意訳で元来は「新しい建築の5つの要点」。ル・コルビュジエ氏は1927年に従兄弟のピエール・ジャンヌレ(Pierre Jeannere)と共著で出版した『現代建築の諸点』(Les cinq points de l'architecture moderne)で、この新しい建築の原則を定義しました。1920年代後半に建設されたヴィラ・サヴォワ(1928-1931年)は、これを具体化した好例です。
ピロティ (les pilotis)
屋上庭園 (le toit-terrasse)
自由な設計図 (le plan libre)
水平連続窓 (la fenêtre en bandeau)
自由なファサード (la façade libre)
ル・コルビュジエ氏は、この五原則を掲げるもの、こうしたモダニズム建築のフレームのなかでは、ミース・ファン・デル・ローエ氏にかなわないと考えたのではないかと建築史家の藤森照信氏は述べています(Casa BRUTUS 2022年 11月号)。そしてル・コルビュジエ氏は、「ロンシャン礼拝堂」のような自由な造形に転向していきます。
安藤忠雄氏よりも先にコンクリートに注目した吉阪隆正氏
泥の家、ル・コルビュジエ氏の自由な造形への転向、モダニズム建築の五原則。これらをミックスして、吉阪氏は、コンクリートに着目します。コンクリートによる建築といえば、安藤忠雄氏を想起しますが、安藤氏よりもさきに、泥や石に変わる自然由来な素材として、吉阪氏は、コンクリートによる建築を行います。
ヴィラクゥクゥは、こうした経緯で内モンゴルでみた泥の家、近代建築の五原則、ル・コルビュジエの転向という刺激が相まって、吉阪氏のなかで誕生し、建築されたものでした。
吉阪隆正氏とは
名前:よしざか たかまさ
生没:1917-1980(63歳没)
国:日本
幼い頃から内務官僚の父の都合でスイスと日本を行き来する。中学生の頃から父とともに登山をはじめる。1941年(24歳)早稲田大学理工学部建築学科を卒業。大学生時代は山岳部で活動し、一年の半分を山で過ごす。
1950年(33歳) 戦後第1回フランス政府給付留学生として渡仏。1952年までの2年間、ル・コルビュジエ氏のアトリエに勤務。
1953年 (36歳) 帰国後、大学構内に吉阪研究室(後にU研究室へ改称)を設立、建築設計活動を開始。
1957年(40歳) 早稲田大学赤道アフリカ横断遠征隊を組織として「アフリカ横断一万キロ」を達成。
1959年(42歳) 早稲田大学教授、1969年早稲田大学理工学部長。
1973年(56歳) 日本建築学会会長に就任。登山家・探検家としても有名で、日本山岳会理事や1960年の早大アラスカ・マッキンリー遠征隊長を務めた。
富久子夫人は甲野謙三・綾子夫妻の娘だが、富久子の母方の祖父・箕作元八は 佳吉の弟なので吉阪夫妻は又従兄妹同士で結婚したことになる。
数学者の浦太郎氏とは1951年9月にマルセイユで出会って以来の友人。パリに戻ってからも親交を深めた。浦氏は帰国後の自邸の設計を吉阪氏に依頼。1956年(39歳)に浦邸完成(兵庫県西宮市)。
吉阪 隆正氏のその他の作品(一部)
ヴィラ・クゥクゥ(1957)(東京都渋谷区)
VILLA COUCOU(ヴィラ・クゥクゥ)は、2022年、俳優の鈴木京香氏が購入し、杉本博司氏らに依頼し、補修。その様子や経緯は、Casa BRUTUS 2022年 11月号に詳しく掲載されています。
江津市庁舎(1961)(島根県江津市)
吉阪隆正氏は、庁舎完成にあたりこう述べています。
大学セミナー・ハウス(1965)(東京都八王子市)
大学セミナーハウスは関東地方の複数の大学、企業、各種研究会などがセミナーなどに使用している施設。八王子市下柚木に1965年に開館。現在の正式名称は公益財団法人セミナーハウス。
大学セミナー・ハウスの場所
黒沢池ヒュッテ(1969)(島根県江津市)
ニューフサジ(現:雷鳥沢ヒュッテ)(1975)(富山県立山)
まとめ
一見無機質な機能と合理を追求したものとして見えるモダニズム建築ですが、よく見ると非常に有機的であり、かつ有機的に変化するものです。日本においてもヨーロッパにおいても。ヨーロッパなら、アルヴァ・アアルト氏の建築はモダニズム建築ながら温もりがある木材を多用したものでした。
日本においては、丹下健三氏、前川國男氏、坂倉準三氏そして吉阪隆正氏は、ル・コルビュジエ氏の影響を大きく受けながらも、それぞれが独自の作風を展開していきます。モダニズム建築というフレームでくくることは難しく、モダニズム建築に関連して彼らがおのおの独自の思想を展開していったと見るほうがよりその本質を理解しやすいのではないと思います。
なので、モダニズム建築またはル・コルビュジエ氏(グロピウス氏でもライト氏でもミース・ファン・デル・ローエ氏でも良いけれど)は、良き、そしてわかりやすい入り口のようなものに思います。
その先には、さまざまな建築物があり、そのいくつかもわたしたちは、現在でも見て触れることができます。まずは代々木上原のヴィラ・クゥクゥをはやく見に行きたいものです。
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参照
※1
https://artscape.jp/focus/10117631_1635.html
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