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中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』を買って聴いたら、男性の歌声が流れてきたときの当時の小学生の反応

小学生のとき、歌手の中森明菜の曲『飾りじゃないのよ涙は』が大ヒットしていた。

当時、ケータイも就活生のバッグ並みにメチャクチャ大きくて、値段も高くてほんの一部の富裕そうしか持っていなかった時代であり、SNSは皆無で、テレビやラジオが主流だった。

だから、芸能人っていうのは『雲の上の存在』と呼ばれるくらいで、テレビの中に別の国、いや架空の世界が存在していて、そこに住んでいる人たち、いや良い意味で人ではない生命体が存在しているような気がしていた。当時、わたしは東京から遠く離れた田舎すぎるところに住んでいたから尚更である。

アイドル歌手も、簡単には会いに行けなくて、握手もできないのが当たり前だった。

そのTOP of TOPの一人に、歌手の中森明菜がいた。

中森明菜は、正統派アイドル歌手が全盛期の時代にあって、異彩を放っていた。

ちょっと不良っぽさを漂わせて、年齢にそぐわない落ち着きと色気と危うさを共存させ、下手なアイドル歌手の方が売れるという業界のジンクスを破って、抜群の歌唱力と表現力で歌番組を席巻していた。

一般家庭のテレビに、ビデオと呼ばれるものが普及したばかりであった。それは、弁当箱くらいの大きさのビデオテープをビデオデッキに差しこんで録画し、繰り返し繰り返し再生して楽しんだ。

歌番組の数日後は「ビデオ録画に失敗したので、録画したビデオを貸してください」の投稿が地元の小さな新聞にたくさん載っていた。YouTubeも見逃し配信も誕生する、ずっとずっと前の話である。

まさに、そうした環境が、生ける伝説の歌姫・中森明菜の神秘性をより高めていた。テレビ全盛の時代であっても、テレビを通してさえも中森明菜には簡単には会えなかったのである。

ところが、その中森明菜の大ヒット曲『飾りじゃないのよ涙は』のカセットテープを買ったという人が身近に現れたのだ。

このカセットテープは、もちろん、レコード店で販売されていた正規品である。

ちなみに、カセットテープとは今でいうCDみたいなもので、レコード店はCDショップのことである。

小学生にとってカセットテープは高額品で、カセットテープを入れて音楽を聴くためのカセットテープデッキは大人でも高額に感じる品物であった。

その貴重な中森明菜のカセットテープを持っていたのは、姉の友人である。

早速、5人くらいでその子の家に行って、中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』を聴かせてもらうことにした。

テレビやラジオからしか聴いたことがない、中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』が一般家庭の子ども部屋から聴けるというのが、何とも不思議な感覚だった。

子ども部屋で、世間の誰からも内緒で、宇宙に住んでいる宇宙人とこっそり交信している気分になっていった。

いよいよ、カセットテープをカセットデッキに入れて、姉の友人がスイッチを押した。

あの中森明菜特有のイントロは小さな声で、サビは大きな声で伸びやかに歌い上げる歌唱を今か今かと固唾をのんで見守り、耳をそばだてた。

しかし、カセットデッキから聴こえてきたのは、中森明菜とは似ても似つかない男の声であった。

(男?!)

あの中森明菜の声を期待していたので、わたしたちは驚き、それはすぐに落胆に変わった。

「レコード店で『飾りじゃないのよ涙は』を買ったのに」

いちばんショックを受けていたのは、もちろん、カセットテープを買った姉の友人である。

「なんで男の人なんだろう?」

買った人を慰めようと、ようやく一人が口を開いた。

「だれだろね、この人」

「中森明菜のマネージャーじゃない?」

「そうだね、そうだね。男のマネージャーだよ」

「中森明菜の代わりに歌ってあげたんだね」

「明菜ちゃん、仕事忙しくて大変だもね」

「うん、そうだね」

小学生たちは、中森明菜だと思って聴いたカセットテープから聴こえてきた男性の歌声を、中森明菜の男性マネージャーと推測し、納得し、確定させたのだ。

それから、数年経ち、その『飾りじゃないのよ涙は』の男性の声の主が、井上陽水と呼ばれる人だと分かり、さらに、彼の独特の歌いまわしの良さに気づくまでに約10年かかったのである。

井上陽水は説明するまでもないが、大御所のシンガー・ソングライターであり、奇才・異才・天才である。

小学生の発想って、大人の想像を遥かに越えて違う角度にぶっ飛んでいるし、子どもだけで完結しているのが、楽しいところであり、怖さでもあると思いました。

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