わたしはまったく笑えないし、笑う人の気持ちも全然わからない
【注意】
以下の文章には、大変不快な言葉や表現が含まれます。そういった文章が苦手な方は、読まないようにお願いいたします。
特に、海難事故等で、身近な人や大切な人を亡くされたり、行方不明者がいる経験がある方は、読まれないようにお願いいたします。
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スタッフの一人が出勤するなり言った。
「カズワン、海底に落っこちたニュース……」
わたしは後につづく言葉を無意識に予想していた。
「遺族や行方不明者の家族はショックだよね?」
「ロープが外れたらしい。自然界の脅威を感じた」
「1億数千万円から2億円くらいかかったらしい。まさに、税金が水の泡と消えた」
「命がけで引き揚げに尽力している人たちが可哀想」
「再転落により新たに損傷したら、事故原因がわからなくならないだろうか? 不安だ」
「船内の荷物、特に、スマホが残っていたとして、それが流失したら大変だ。画像やGPSのデータから得られたであろう事故原因が究明できなくなるかも?」
「犠牲者の私物が残っていたとして、流失しないだろうか? 心配だ」
「ガソリンが流れたら、海洋汚染に繋がる」
しかし、そのスタッフは、予想したセリフのどれでもなかった。似ていたり、かすっていたりすらしていなかった。まったく予想だにしない言葉を発したのだ。
「カズワン、落っこちたニュース、ウケるーwww」
耳を疑った。
(ウ、ケ、る? 今、『ウケる』って言った?)
わたしの驚きとは裏腹に、なおも彼女は笑いながらつづけた。
「落っこちたって初めて聞いたとき、ウケたーwww 落ちたってw 落ちたってw」
(えっ?! なに言ってんの? この人!)
わたしが怒りにうち震えた瞬間、
「ハハハハ」
「ハハハ」
「ハハハハハ」
わたしと彼女の他に、そこにいたスタッフ3人全員も爆笑したのである。
(えっ?! ちょっと、ちょっと待って! みんななにが面白いの? 笑うのやめて! お願い!)
「遺族や行方不明者の家族の気持ちを考えて!」
と、喉元まで言葉が出かかった。でも、口をつぐんでしまった。
この場にいる5人中4人が、カズワン再転落ニュースを聞いて爆笑しているということは、それが一般的で普通なのか? まったく面白さがわからないわたしの方が変人なのか? 日本国民の80%はこのニュースに爆笑しているのか? 80%どころではなく、もし、スタッフが10人いたとして、わたし以外の9人が爆笑すれば、わたしはますます少数派の意見をもった変り者になるのか?
その日一日をなんだかモヤモヤした気持ちで仕事をしてしまった。
『ウケるーwww』『ウケるーwww 』『ハハハハハ』『落っこちたーw』『ウケるーwww』『ハハハ』……
何度も何度も同じ言葉が脳内でこだましつづけた。
仕事が終わると、帰宅途中の電車内で親友にLINEした。親友からは
「人間って、そんなもんだよ。世の中いろんな考えの人がいるから。その人その人の中にそれぞれの正義があるから」
と返ってきた。親友の第一声は、わたしが欲しかった言葉じゃなかったんだと思う。
「じゃあ、笑った人たちも、それはそれで正しいの?」
怒りを噛み殺しながら送り返していた。
「個人的には、笑った人たちは、人としてどうかと思うけど」
思わずホッとしたのを覚えている。
その後、YouTubeで、テレビのニュース番組をチェックした。
「潮の流れが急に変わって、ロープが外れたのは不測の事態だった」
「船の引き揚げは難しい。今までも、失敗したことがある」
「潜水士は命がけで、船内を探索したり、ロープをかけたりした」
「遺族や行方不明者の家族は、カズワンを間近で見たいと要望している」
どこにも、爆笑している人はいなかったし、その要素も微塵も感じられなかった。
念のため、『カズワン 転落 ウケる』でネット検索をしたが、該当している記事やブログは見当たらなかった。それとも、わたしの検索の仕方が悪いのか?
やっぱり、わたしは、いまだに『カズワン再転落』と聞いてもまったく笑えないし、笑う人の気持ちも全然わからないのである。
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