平成28年予備試験刑事訴訟法の論述例と若干の補足


論述例

設問1
1 甲は平成28年5月9日、本件被疑事実により逮捕され、同月11日から勾留されているが、同年3月23日にも本件被疑事実により逮捕され、同月25日から勾留されているから、同一の被疑事実により逮捕勾留されている。このような再逮捕・再勾留が許されるか。

2 再逮捕・再勾留を安易に認めれば、逮捕勾留による身体拘束期間についての厳格な制限が設ける203条乃至208条の趣旨を没却し、被疑者の身体の事由に対する重大な制約になる。もっとも、199条3項は同一被疑事実による再度の逮捕があり得ることを前提とした規定であるから、法は一定の場合には再逮捕を許容しているといえる。また、勾留にはそのような規定はないものの、逮捕と密接不可分の関係にあるため、逮捕と同様に捉えるべきである。
 そこで、再逮捕・再勾留は、199条3項の趣旨である逮捕・釈放の繰り返しによる不当な自由侵害を防ぐという趣旨を凌駕する合理的な理由がある場合、すなわち、①新証拠や逃亡・罪証隠滅のおそれなどの新事情の発覚により再逮捕・再勾留の必要性があり、②事案の軽重や嫌疑の程度等の諸般の事情から、被害者の利益を考慮してもなお再逮捕・再勾留がやむを得ないということができ、③身柄拘束の不当な蒸し返しでないと認められる場合に限って適法であると考える。

 ①平成28年3月23日に本件被疑事実で逮捕された甲は、甲が犯人であることを示す証拠が発見されなかったため処分保留で釈放されている。そして、甲が同年3月5日に、V方で盗まれた彫刻1点を、L県内の古美術店に売却していたこと(以下、「新事実」という。)が判明している。本件被疑事実の発生日時である同年3月1日から4日後という時間的に接着した日時において被害品と同一物を所持していたのであり、犯人であれば犯行時刻と近接した時間帯に被害品を所持しているであろうことからすれば、本件被疑事実の犯人は甲であると推認することができる。よって、上記新事実は甲が犯人であるとの疑うに足りる理由になるので、再逮捕・再勾留の必要性が認められる。

 ②本件被疑事実による一度目の勾留は、平成28年3月25日から同年4月13日までであり、208条によって認められる期間20日であるから、再度の逮捕勾留は法が許容する限界を超えており、甲の身体の自由への侵害の程度は大きいと言い得る。しかし、甲は犯行時刻と近接した日時において被害品と同一物を所持していることからすれば、本件被疑事実の嫌疑は強いと言える上、本件被疑事実は窃盗及び現住建造物放火という基本的には実刑が想定されるような重大犯罪であるから、事案解明の必要性は極めて高く、捜査機関がこれについて被疑者の身柄を拘束できず充分な捜査を尽くせないこととなるのは首肯し難いと言える。よって、甲の利益を考慮してもなお再逮捕・再勾留はやむを得ないといえる。

 ③上記新事実は甲の釈放後に新たに生じたものではなく、最初の逮捕前に既に生じていた事実であるため、最初の逮捕勾留当時の捜査で覚知するべきものとも言い得る。しかし、最初の逮捕勾留当時、甲は一貫して本件被疑事実を否認していたため捜査の端緒を得にくかったため捜査の当たりをつけることさえ難しく、犯行場所であるH県から離れたL県における古美術店での売却である以上捜査機関が覚知できなかったのも無理はないと考えられる。よって、柄拘束の不当な蒸し返しでないと認められる。
以上より、①の逮捕及び勾留は適法である。

設問2
1 伝聞法則
②の判決書謄本は、甲が本件前科を有することを証明し、甲が公訴事実の犯人であることを立証するために用いられるから、要証事実との関係で内容の真実性が問題となり、「公判期日における供述に代えて書面をと」する場合(320条1項)に当たることは明らかであるから、伝聞例外に該当しない限り証拠能力が認められない。これは、「その他公務員……がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成した書面」(323条1号)に当たる。よって、伝聞法則との関係では問題がない。

2 前科証拠による犯人性の立証の可否
 同種前科があることは、通常それ自体から犯人性を推認させるものではなく、前科の存在によって犯罪性向等悪性格を認定し、その悪性格を介して犯人性を推認するという過程を経ることになる。これは裁判官に対して不当な偏見を生じさせ、誤った判断を招く危険性がある上、この危険を回避するために当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じ、争点が拡散するおそれがある。よって、原則として、同種前科事実の存在を証明する証拠は、犯人性の証明との関係では法律的関連性が認められないと考えるべきである。
 もっとも、悪性格立証を介在せずに犯人性を推認できる場合は誤った判断に至る危険性も争点拡散のおそれもない。そこで、実証的根拠の乏しい人格的評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められる場合、すなわち、前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが起訴にかかる犯罪事実と相当類似する場合には、例外的に法律的関連性が認められるものと考える。

 本件前科は、住宅に侵入して美術品の彫刻を盗みウィスキー瓶にガソリンを入れた手製の火炎瓶を使用して同住宅に放火するという内容であり、被害品が彫刻である点や火炎瓶を用いるという放火態様は比較的珍しいものではある。しかし、美術品の彫刻であれば経済的価値も高くそれを窃取の対象とすることは、むしろありふれた事象だと言える上、火炎瓶を用いるという手法もそのような犯行に出るのが当人以外ありえないと言えるほどの際立った特徴とは言い難い。よって、本件前科に係る犯罪事実は顕著な特徴を有するとはいえない。
 したがって、②の判決書謄本は法律的関連性を欠くから、甲が犯人であることを立証するために用いることは許されない。

解答のポイント

一罪一逮捕一勾留の原則への言及の仕方

 再逮捕再勾留は、逮捕勾留が原則として一回しか許されないこと(一罪一逮捕一勾留の原則)を説明し、その例外が許容されるのかというスタンスで論じるのが一般的です。
 一罪一逮捕一勾留の原則は、刑訴法203条乃至205条に所期する身柄拘束制限期間の趣旨を没却することになることを一言指摘できれば充分です。メインは再逮捕再勾留が許容されるか否かの検討ですからね。
 そして、再逮捕再勾留の例外的許容の可能性も見出すために、刑訴法199条3項を指摘するのが多数派でしょう。この条文を落とすと中々の痛手になると思います。刑事訴訟規則142条1項8号を指摘することもできますが、まずは法律の条文を指摘できるようにするのが先だと思います。
 当てはめ記条文は再逮捕のみを対象とするものなので、再勾留までをも許容する余地があり得るのかは説明の工夫が必要な点に注意しましょう。

再逮捕再勾留の適法性は比較衡量を意識

 論述例で言及した判断枠組みは東京地決昭和47.4.4(百選15)を参考にしたものですが、この判断枠組みは被疑者の身柄拘束による不利益と実体的真実発見のための捜査の必要性の比較衡量を具体化したものといえます。
 この判断枠組みあるいはそれに類するものを提示できなければそもそも話になりませんが、ただ判断枠組みを再現して何となく当てはめても点数になりません。
 当該判断枠組みがどのような考慮から導かれたのかを理解することなしには事実の評価はおろか、必要な事実の抽出さえできませんから、判例の判断枠組みの論拠をしっかり把握し、具体的な事実を指摘し、思考過程を具体的に示して、点数をごっそりいただきましょう。

 当てはめに際しては、前の身柄拘束の程度(先行する逮捕勾留が短ければ短いほど許容される、先行する勾留が満期の20日間である場合には本来法が想定していない期間拘束されることになるため、基本的に再逮捕再勾留は許容されにくくなる)、その期間中の捜査経過(参考人・被疑者の取調べの状況、非協力であればあるほど、捜査が困難になる事情があればあるほど再逮捕再勾留は許容されやすい)、身柄釈放後の事情変更の内容・程度(罪証隠滅・逃亡のおそれが新たに生じた事由に基づくものか、前の身柄拘束当初から存在していたものである場合には許容されるか怪しくなる)、犯罪の重大性(被疑事実が重大であればあるほど、再逮捕再勾留を認める必要性は高い。一度身柄拘束した後だからと言って野放しにしてよいのかという切り口)に注目しましょう。

 ①の要件で、新たな物や供述が獲得できただけでこの要件充足を肯定するのでは足りません。その物や供述がどのような意味で証拠となるのか、罪証隠滅・逃亡のおそれが生じるのは何故なのかを具体的に説明しましょう。
 本件では、新たに判明した事実が本件被疑事実についての犯人性に関する証拠となることを具体的に説明すれば充分だと考えて、罪証隠滅・逃亡のおそれには明確に触れてはいません。仮に言及するならL県内の古美術店への接触による罪証隠滅のおそれでしょう。

 ②の要件では、事案の軽重、嫌疑の程度等の必要性と被疑者が再逮捕再勾留を受けることによって被る不利益を比較考量していくことになると思います。本問では先行する勾留が20日間なので厳しく審査せざるを得ないことには気を払っておきたいとことです。

 ③の要件はそもそも必要ないという見解もあるところですが、裁判例も言及しているところではあるので論文でも書いておくのが無難です。この要件が活きてくるのは、事情変更があっても新事情が先行する身柄拘束期間内に捜査が及んでしかるべきものである場合(前に頑張ってれば普通見つけられたでしょ、後の身柄拘束が単なる時間稼ぎではないか、ということです)です。本問の事実関係もまさにこのような事案とも評価できるので、③の要件を比較的厚めに検討しています。

判決書謄本が伝聞証拠であること

 判決書謄本は、記載された内容の本件前科が本当に存在することを立証するために用いられるので伝聞証拠(320条1項)に当たることは明らかです。設問からして前科立証がメイン論点であることも明らかなので、伝聞法則との関係は言及しなくても大きな痛手にはなりませんが、比較的簡単に説明できるのでコスパ良く回収しておきたい点数といえます。
 ちなみに、私が本番現場で解答したときは、伝聞法則など全く目もくれず真っ先に前科立証に飛びついた記憶です。当時の自分がいかに論点主義であったことか。思い出しても恥ずかしいです。評価としてはAだったのですが、再逮捕再勾留の許容性と前科立証というメイン論点について、具体的事実をフルに使ってほぼ完ぺきに書いたつもりなので、伝聞法則の点数が無くても大丈夫だったと分析しています。運が良かっただけですから、論点主義に陥らず、体系的な知識に基づいて分析して、メリハリをつけて説明したいところです。

最判平成24.9.7(百選62)の判断枠組みを意識すること

 前科立証に関しては著名な判例があるところですから、判例を意識した判断枠組みは再現できるように準備しておきたいです。
 判断枠組みは答案に再現できるのは大前提として、これを具体的事案に落とし込んで、具体的に説明することができる状態に至っておく必要があります。このような状態に至って初めて「理解した」といえます。

 では、①前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、②それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似する、という枠組みを用いる際のポイントはどこかというと、ズバリ①の当てはめに全力を注ぐことです。
 というのは、前科事実あるいは類似事実による立証を認めた例は非常に少なく、否定の理由は①が充足されないということがほとんどであるからです。基本的に①は充足しないものだと考えておくと説明のスタンスに迷うことはないでしょう。
 最判平成24年の事案では「11件全てが窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する鬱憤を解消しようとするためになされた」というものでしたが、最高裁は放火の動機は特に際立ったものではない、放火の態様もさほど特徴的とはいえないと判断しています。この判断からすれば、本問で顕著な特徴が認められる余地もほとんどないと言えそうです。

 ①の要件該当性判断における注意点としては、その特徴からすれば特定の人物による犯行であると推認できるほどの特徴がなければ「顕著な特徴」とはいえないということです。
 判例が前科立証を原則として禁止する理由は、「同種前科については、被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格的評価につながりやすく、そのために事実認定を誤らせるおそれがあり、また、これを回避し、同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため、当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど、その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある」とのことです。同種前科による犯人性の推認力よりも誤判防止や訴訟遅延のおそれ等訴訟上の支障を比較衡量し、後者を重く見たのでしょう。
 そうだとすれば、前科事実が犯人性の立証に用いることができるのは、誤判防止や訴訟遅延のおそれ等訴訟上の弊害が生じない場合、すなわち、前科事実による悪性格の立証を介在せずに直接犯人性を推認できる場合、最判平成24年の言葉を借りれば、「それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなもの」である必要があるということとになります。判示を素直に読めば、前科事実から「こんなことするのはこの人しかいないよね」と評価出来て初めて、前科事実から犯人性を直接立証できることになると思います。


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