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【生まれてきた意味】知らないから魂が病んでいくんだ

今は「心の時代」だと思っています。例えば、スピリチュアルな分野。昔こそ怪しかったですが、今やメジャーですよね。好き嫌いは抜きにしても、誰もが知るようなジャンルです。そして、そういうものに縋(すが)る人は多いです。みんな、心が重たいから。幸せになりたいから。しかし、これでは解決しません。そのワケと、解決策をお伝えします。


生まれてきた意味とは

あなたは、生まれてきた意味を考えたことはありますか? 私は何度もあります。それこそ、中学生の頃から思っていました。大人になってからは、ますます本気で考えるようになりました。というよりも、「私って、生きている意味あるの?」と自分の存在理由そのものを疑うことすらありましたね。生まれてきた理由がわかれば、きっと生きる方向性が見つかると思っていました。

だからスピリチュアルにはまっていた

こういった、不確定要素の多い不安があるからこそ、私はスピリチュアルにハマった時期がありました。別に具体的な悩みは、あるようで無い。けれど、どこか「満たされない」感覚があり、それを潤すために精神世界に引き寄せられたのでした。これって、紐解けば、生まれてきた意味探しなんですよね。

自分の命に疑問を抱いていた

何のために生きているのかわからないと、人生の方向性が定まりません。そして、そういう人はたくさんいます。目的もなく生きている、ということ。正直、別に目的がなくても生きていけます。自分の意思に関係なく、心臓は常に鼓動していますからね。何が言いたいのかというと、私たちは生かされているということ。神様に、です。急に話が飛躍したようにも感じるでしょうか。本当は、そんなことはありません。神様は常に人をみています。目的あり、私たちを生かしているのです。

学生から社会人というターニングポイント

私は22歳から今現在31歳まで、ずっと自分探しをしてきました。「自分はどう生きていきたいのか」「どんな仕事が向いているのか」など、人生の軸になるようなものが欲しかったのです。学生時代はそんなことを考えていませんでした。レールが見えたからです。卒業したら、あの学校に行って、というように。何が言いたいのかというと、社会に出た途端に、自分探しを始める人が多いのは当然レベルということ。突然、レールが消えたのですから。

結論、自分探しなんてしなくてもいい

自分の道が見えなくなるのが、社会人あるあるです。究極をいえば、年齢は関係ありません。人それぞれ、社会人になってからは十人十色の人生がありますからね。仕事や家庭など。とはいえ、すべての人に言えることですが、自分の道なんて、見つけようと思っても見つかりません。究極を言えば、自分は生かされているのであって、すでに決まっているのではと、最近になって思うようになったからです。

人生は自分で切り開いていくけれど

「なりたい自分になる」といった意識を、ある一定の人は抱きます。スピリチュアルや自己啓発にハマる人にありがち。そして、私もそうでした。学生の頃のようなレールはなく、社会人はいろいろな意味で自由です。それと同時に、見えない未来に不安を抱き、軸を探したくなります。だから自分探しをする、これは当然のような流れです。

不安のない生き方をしたいからですよね。幸せを求めているのもそうですが、きっとそれ以上に、自分の生き方に軸を持ちたいからなのだと思います。私がそうでした。その結果、自分探しの旅に出るのです。けれど、その矛先は大抵が、どこかの講座やセミナー、手に職、資格、スピリチュアル、宗教、さまざまです。究極、どれも同じです。そして、的外れだと私は思っています。

生まれてきた意味はすでにある

私がなぜこのようなことを言ったのかというと、前提があるからです。誰にでも、生まれてきた意味があるから。つまり、自分の誕生には理由があるということ。目的はすでに存在しているということ。・・・そうであれば、人生という道のりはすでに決まっているも同然です。

とはいっても、事細かにプロセスが決まっているロボットではなく、最終地点が定められているという意味で。もはや、人の思いではどうすることもできない仕組みがあるのだと思います。神様の意図があっての私だと。

人生はコントロールできない

自分探しというと、言葉は綺麗です。意識も高くて、いかにも人生を真剣に考えているようです。本当は、誰もが悩み陥る問題なだけですけどね。これ、言い換えれば「人生をコントロールしようとしている」とも見えます。意図あっての、自分探しでしょうから。

しかし、すでに生まれてきた意味は決まっているのです。自分が知らずとも。誕生には理由があるから。神様には計画があるから。だから、人の思いであれこれと道をコントロールしようとしても、神様はそれを望んでおられないかもしれませんよね。そうなると、当然人生につまづきます。神様からみたら、それは善き道ではないから。

何が言いたのかというと

この記事でお伝えしたいことは「生まれてきた意味が必ずある」ということ。決して、暗い方向にもっていきたいわけではありません。人生が思い通りにいかないことすらも、究極をいえば、別に不幸なことでも何でもありません。あなたには、あなたの決められた道があるのだから。ただ、それだけです。人と違って当然です。

整理しておきたいのは、人間社会は「みんな同じ」であれという風潮です。これは時代関係なく、いつだってそうです。自由意志を尊重しているようで、実際はそうでもありません。私たちは人生が始まってから、レールを歩いてきています。教育以前の話ですからね。こういった環境の中で生きてきたので、いざ社会人で自由になっても、不安しかないのです。だから、自分探しをするわけです。

思い悩む必要はない

「なんでこんな人生なんだろう」と今思っている人はいますか? 「上手に生きられない」と心が沈む感覚はありますか? これ、限界なんですよね。自分で自分の人生はコントロールできません。神様の計画に沿っていないから、限界を感じるのです。この神様の計画は強力であり、人がコントロールできるようなものではありません。その計画こそが、生まれてきた意味でもあります。

知りたいですか? 自分という人間に与えられた計画を。これは、今までのような自分探しでは絶対にわかりません。スピリチュアルや自己啓発に傾倒していては、自分の目を曇らせます。自分で舵をとれるものではないから。誰だってそうです。どんなに成功している人であっても、未来のことなどわかりません。あまり鵜呑みにしない方がいいです。自分には自分の計画があるのだから。

さいごに、私から一言

私は自分に与えられた計画を知りました。天啓を受けたかのような、大それた話ではありません。自然と理解しました。2024年5月、人生の方向性に悩んでいた最近の私です。結論、自分というよりも、人間の起源を知ることから始まります。私の別ブログにて、それを語っております。気になる方は、ぜひご覧ください。


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