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お金にならない

 飲食業界に勤め今年で6年経とうとしてる。新人ともベテランとも言えない曖昧なラインで仕事を続け、最近は自分の得意なことと不得意なことが何か考えることが多くなってきたように思う。

考えていく中でどうやら僕は物事すべてを市場にこぎつけて、物事の優劣を金中心で考えて完結させている人間との会話が極端に苦手らしいことに気がついた。

同時に、金にならないものに対してマイナスな思考を持つ大人が多いことにも気づいた。

 特に娯楽の話をしている時に感じることが多い。僕は自発的で行動力があって会社でBBQ交流会などの企画を進んでできるような人間とは真逆で、臆病な性格だ。なので、音楽や読書などの自分の生活に潤いや勇気をを与えてくれるものをガソリンにして今日まで走ってきた。

彼らと話しているとそれに対して直喩ではないが「君が嗜んでることってこの商売じゃ金にならないよね。」といったニュアンスの冷や水をかけられることが過去に何度かあり、たびたび嫌な気持ちになってしまう。確かに飲食という市場で僕の好きな娯楽が活きることは多くは無いが、原動力になっているのなら正解だと僕個人としては思う。エンタメのそういった力を信じているからこそ将来ライブレストランをやりたいという夢を掲げているのも事実なので、そこだけは曲げたくない気持ちが背骨になって僕を立たせてくれている。

でも彼らはきっと違うのだろう。なぜなら彼らはお金を稼ぐのが好きで、常にポジティブに変換することができて、BBQで人脈を作って仕事を得る機会を自発的に作ることも容易い。だから僕のような人間を理解することが難しいのだと思う。

 さらに言うと、一昨年店舗を任せて頂いた経験のおかげもあってお金で解決できることが多いのも分かり始めたからこそむず痒い気持ちになる。
地方情報誌の特集見開きページはお金で買えることも分かったし、繁盛店じゃなくともお金を払えば検索サイトで上の方に表記されることも分かったし、根本に戻るが結局美味い料理を作るには勉強するしかないのでレシピ本を買うのもお金がかかる。etc…。

ハナタレ小僧だった20歳の頃には見えなかった部分が見えていく中で、目指す場所は変わらずとも歩き方を変える必要があることはなんとなく察してしまう。




 3年前に敬愛してるオードリー若林さんの著書「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を読んでからキューバに行ってみたいと強く思うようになった。

日本は経済成長を第一に掲げて企業が競争しあうことによって資本を増やす考えの資本主義国で、キューバはその真逆の社会主義国。

社会主義は資本を国全体で平等に分配する。なので働かずしてお金を得ることができる。各々個人を掲げて自由に生きることができる(ような気がする)そんな国でレストランを営んでいるコックはどんな人なんだろう?どんな店なんだろう?と率直に疑問に思った。

コックは自分の技術の向上やルーツを固めるために海外で修行をするというケースが珍しくない。けど、キューバで修行をしたコックはあまり聞いたことがない。

コックが目指すのは料理の金字塔でもあるフランス、イタリア、などが多い。「26歳の若さでフランスに渡り5年間修行」などの文句はやはり見てても説得力もブランド力もあるが「26歳の若さでキューバに渡り5年間修行」はなんだかピンと来ないし、実際職場でキューバに行きたいと言ってみたことがあったが笑われてしまった。行きたいと本心で思ってるし、ここ最近ではキューバに行くのが一つの夢のようになった。日本ではそんな人を笑うのが普通だ。

行かないといけないような気がしてる。どうしても知りたい。資本が全てではない国のコックがどんな人なのか、どんな生き様で、どんな店で、どんな料理を作るのか、どうしてキューバに行きたいと豪語するコックが笑われるのか、どうしても知りたいのだ。それを知ることで自分の中にあるドアが開くような気がするし、逆に閉じたままになる可能性ももちろんある。

あえて言うが、この夢はなんの金にもならない。

僕はどうしてもキューバに行きたい。

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