「これが人生か さらばもう一度」 ドイツの哲学者ニーチェの言葉です。 私が大学生の時に出会い、衝撃を受けた言葉です。この言葉を目にした瞬間、涙が溢れてきました。今でも1番大切にしている言葉です。 当時の私は なぜ私ばかりこんなことが・・・ どうせ私なんか・・・ このような生き方をしていました。 もう一度同じ人生を歩みたいか? 当然、当時の自分はNOです。 しかし、私は思いました。 「かっこ悪いな」 この問いに「YES」といえる人生にしよう。 そう固く誓いました
本当にその通りだと思う。 いっきにやったものは、いっきに消え去る。 毎日、コツコツと継続するから力になる。 毎日、毎日繰り返すから 自分のものになる。 タイパが叫ばれる時代ではあるが、 人格や人間関係というものは、 一回や二回という短時間で 作り上げられるものではない。 それを理解したうえで、 継続にチャレンジしたい。 今日で626日目。
誰と一緒にいるかで、 自分の能力が変わる。 誰かに引っ張られる感覚。 実は小学生の短距離走から始まっていた。 これをうまく活用していく。 自分より、能力の下の者と 一緒にいても自分が 成長することはあまりない。 自分が少し背伸びしないと 届かない人物を探す。 自分の現在地を知り、 目標となる人物と時を過ごす。 これが、自分が最短で成長できる方法だ。
問題はできるだけ細かく分割する。 問題が大きすぎて、 何から手をつけたらいいかわからない。 そうなったら終わりだ。 大抵の場合は、問題の大きさに負けてしまう。 「これならできる」というところまで持っていく。 エレファント・バイト法。 複雑化した現代を生き抜く大切なスキルだ。
いつでもいいと思うと、なかなか行動に移せないもの。私たちに与えられた命の時間は無限ではない。 若ければ、若いほど時間の大切さに気がつかない。 私もわかっているようで、わかっていないのだと思う。 自分の命は必ず終わるという認識をはっきりと持つこと。 そこで、カウントダウンアプリを入れてみた。 私はあと40年生きられると仮に設定した。 すると、人生の終わりがはっきりとしてきた。 これは、残りの年数でやるべきこと? 本当に人生楽しかったと言える? 様々な感情が湧き上がって
小さな面倒を潰しておく。 これが一番、面倒にならない方法だ。 後回しにする癖は即刻改善しなければならない。 特に確認作業。 きっと大丈夫だろうという期待は 大抵裏切られる。 一本電話を入れておく、 一通メールを送っておく。 「確認なんだけど」と言う。 小さな面倒が大きな面倒になる前に。 何もなかったら、それはそれでよい。 仕事ができる人ほど、 この小さな面倒を潰している。
「私の気遣いに気づいてよ。」という心の声。 この時点で、他人への気遣いではなく、 「自分を見て」の承認欲求になってしまう。 気持ちはもの凄くよくわかる。 しかし、人としてもうワンランク上に 行くためには、与えたことは気にしない。 愛は与えっぱなしにならないといけない。 気遣いとは相手を喜ばせるもの。 それが、自分はいい人だ。 自分は凄い人でしょ? これでは誰も喜ばない。 大丈夫。 わかる人にはわかるから。
どうにでもなれ効果。 厳しいルールを設定し、 達成出来なかった瞬間に全てを投げ出す。 やる気に頼るルールは破られやすい。 10日で5キロのダイエット。 最初は頑張るが、 3日ぐらいであきらめが出てくる。 7日後にはダイエットしていたことすら 忘れてしまう。 大切なことは、 実現可能な目標を立てること。 ルールも甘くてよい。 徐々にハードルを高くしていく。 人間はそんなに簡単には変わらない。 自分自身には、なかなか厳しくできない。 それを知った上で事にあたること。
普段、どんな表情で過ごしているか? 脳はもの凄く優秀だが、影響されやすい。 笑顔でいれば、脳は楽しいことが起きていると認識し、不機嫌な表情でいれば、つまらないと認識する。 実際にはつまらないことでも、 表情でコントロールすればいい。 それにプラス言葉を付け加えたら最強だ。 本当に思っているかは重要ではない。 まずは笑顔から。 フェイシャル・フィードバック効果。 大切な言葉だ。
2秒でもイラッとする。 待つことが出来ない社会になってしまった。 待つことが我慢できないならば、 待つことを前提にシステムを組んでおくこと。 パソコンが立ち上がるまで、 デスク周りの掃除、 1分間の読書などをしてみる。 待つことを何かに置き換える。 待つことがゼロになれば、 イライラがプラスに変わる。 仕組み化で心をコントロール。
情報とは、情けを提供すること。 考えたこともなかった。 良い情報はできるだけ隠しておきたい。 しかし、「情けは人の為ならず」。 人に親切にすれば、 その相手のためになるだけでなく、 やがてはよい報いとなって自分にもどってくる。 独り占めしようとするその心では、 運は巡ってこない。 運は人が運んでくる。 良い情報を手に入れ、 目の前の人を喜ばせる。 この努力を怠らないこと。
誰と戦うかではなく、 自分と戦う。 自分と戦うとは、 自分の能力を発揮すること。 自分の能力を出せなかったら負け。 勝負に負けた人も、 自分の能力を発揮できたのなら、 ある意味でそれは勝者だ。 勝負に勝ち、マウントを取れば怨まれる。 何のために勝負をするのか? 自分の中で勝ちを定義し、 その定義と徹底して向き合う。 他人と比べるから苦しくなる。 勝負は自分を高めるための手段である。
自分の尊厳を傷つけられた時、 人は怒りという感情が湧いてくる。 私は正しい。 正しくないものは許さない。 人間関係も、国家同士も同じだ。 プライドも一歩間違えると、 破滅の扉を開けてしまう。 本当に相手は私を傷つけようとしているのか? 自分の思い込みではないか? 一旦立ち止まって考えることが必要だ。 みんな自分が正しいと思いたい。 正しさと正しさの対決は どちらが正しいのか? 正解はない。 怒りは全てを破壊する。 心穏やかに自分と向き合いたい。
芸は縁を助ける。 私も教員として気をつけていることがある。 それは、様々な事柄に興味を持つということである。 会話の中に共通するものがあったら、 その人と距離を近づけることができる。 浅くてもいい。知ってること、 触れておくことが大事だと思う。 自分の好きなことにしか 興味を持たなかったら、 それ以上の広がりはない。 いつ、どこにチャンスがあるかはわからない。 だからこそ、たくさんのものに触れておく。 このことを実践したおかげで 何回も救われたことがある。 視野
自分ではわかっていても、 目先の利益を優先してしまう。 あるいは、目先の利益を優先するように 求められることがある。 無理な目標を設定したり、 無理な目標を設定するよう指示されれば、 目標達成が目的になってしまう。 そのためには手段を選ばなくなる。 目標だけで人を管理した結果、 不正が生まれる。 時間をかけるところは しっかりと時間をかける。 そこを省くと大抵は失敗に終わる。 目先の利益に心を奪われない。 それが長く生き抜く方法だ。
明確な勝ち負けを明らかにしないで生きている。 本当に耳の痛い言葉だ。 勝負をしていない、つまり傍観者的な生き方。 勝負しなければ楽だし、傷つきもしない。 では、なぜ勝負をするのか? それは、勝負から成長が得られるからである。 私の中では、いちかばちかの ギャンブルは勝負ではない。 勝負に向けてどれだけ準備したか? どれだけ想いを語ったか? この時間にこそ価値があると思う。 だからこそ、負けても成長できる。 勝負の先にあるのは、 勝利か成長である。 勝って自信をつ