映画「カラオケ行こ!」感想

映画「カラオケ行こ!」

鑑賞日 2024年1月21日(日)

※以下、映画・原作漫画ともにネタバレあり。

観終わってから心がずっとぽかぽかしている。アラフォー893と中3男子の組み合わせなんてあり得ないはずなのに、たしかにそこに2人は居たし話していたし、カラオケに行っていた。

原作漫画は、存在は知りつつも読んだことはなく、公式から出ている最低限のあらすじを読んだ程度。あとXに流れてきたネタバレ未満の感想(治安良くてありがたい)。その9割方が「綾野剛の脚が長い」だった。

個人的に綾野剛さんといえば圧倒的に「MIU404」の伊吹藍で、誰よりも野生児で誰よりも真っ直ぐな熱い刑事役。とはいえそれはあくまで役の話で、「綾野剛」自身がどんな人なのかはあんまり知らない。伊吹のときは柔らかいようでいて常に荒っぽいような、わずかにハスキーで出すときは腹から声を出す…みたいな感じだったが、素だともっと落ち着いた声であったような記憶はある。
あと観たことある作品で言えば、「コウノドリ」や「恋はDeepに」か。…どれもまるで印象が違う…。

映画館で観る前にネタバレにならない程度に情報収集をしていたが、予告動画でまずびっくりした。関西弁がめちゃくちゃ上手い。こんな大人で落ち着いた、でも素の声とも違う低い声が出せるんだという衝撃。とにかく伊吹藍のイメージが強い私にとってはこれだけでもかなり衝撃。あとスーツが似合いすぎている。脚なが。

映画が楽しみすぎる。でも私の悪い癖で、楽しみすぎるとハードルを爆上げしてしまい、結果あんまりだったなと思うことがよくあるので少し怖さもあった、が、とても楽しくて大好きな映画になった。

映画が始まっていきなり刺青がバチバチに入った背中を塗れたシャツ越しに見せてくれる(?)狂児。絶対に関わってはいけない人だ…。
そして合唱部としてソプラノを歌う男子中学生・聡実くん。みんなを引っ張るタイプではないけど、真面目でみんなから慕われている感じが微笑ましい。
そんな中、2人が出会う。絶対に関わってはいけない人なので聡実くんは逃げるべきなのだけど、まあ急~にゆったりと明らかにソッチ系のお兄さんが真正面から迫ってきて「カラオケ行こ?」とか言われたら逃げられんわな。普通に怖すぎる。

カラオケのシーンでは、一瞬どこかの部屋でサウダージを歌っている人がいてびっくりした。ポルノグラフィティファンとして嬉しすぎる。「カラオケといえば」という楽曲に選ばれたのがとにかく嬉しい。ちゃんとエンドロールでも確認しました。「ハルイチ」の文字が観れてハッピー。

さてさて、狂児の紅…。本当に裏声が気持ち悪かったのがあまりに好きだった。特に日本語詞に入ってからより裏声で、ねっちょりとした感じで歌うのがたまらなく好き。でも音程は外していないので上手いっちゃあ上手い。気持ち悪いけど。あとヘドバンとか手の振り上げとか、見ているこっちが恥ずかしくなる感じも絶妙で本当に「紅が好きな素人」なのがとても好きだった。

聡実くんは中学生ならではの心の繊細さがたまらなく愛おしかった。綺麗な声が出せないもどかしさ、声が変わっていく不安。映画を見る部の存在とても良かったなぁ…。人に話しているけど独り言に近いぼそぼそ喋り。ああいう存在って救われる。

そして若干強引にパーソナルスペースに入り込んでくる狂児。狂児の聡実くんへの距離の詰め方が本当にずるくて(?)、だいぶ近いんだけどギリギリ不快に思われない距離感を攻めるのが上手すぎて怖い。あとめっちゃ顔見てくるしめっちゃ近い。ずっと優しいのに冗談もめっちゃ言う。常に聡実くんには大切に接するけど仰々しいわけでもなくて、暖かい目で見つめるのにスッ…と「聡実くんは中学生やからな」とか言って引く。守ってくれるけど893。帰り道、一緒に観た友人と「綾野剛が沼すぎた」と話した。
893カラオケ練習会は思わず聡実くんが狂児の腕にしがみついてるのが本当に可愛かった。この人なら頼っていい、守ってくれるってもう思っちゃってるんだね。聡実くん自身が狂児に特別視されている自覚が無意識にある。そしてまた狂児は狂児で終始聡実くんの横座って、聡実くんの背もたれに腕掛けたりして。そういうとこやぞ。

聡実くんから「怖いのは嫌やけど、狂児さんだけやったらええよ」「カラオケ行こ」って電話で伝えたシーンも良かったな…。
聡実くんは聡実くんで、合唱部以外の逃げ場が欲しかったのかもしれない。映画を見る部もその一つだし、さらに学校外で立場も何もかも違う「狂児とのカラオケ」が聡実くんの逃げ場になったのがとても愛おしい。

聡実くんがせっかく書いてきてくれたメモを全然見ずに、一生懸命説明してくれる聡実くんの顔ばっか見てた狂児…。本当にそういうとこやぞ…。

宇宙人に襲われる聡実くんを助けるシーン、よくよく考えると狂児が暴力性を見せる作中唯一のシーンなのか…と後から気が付いた。観ているときは、きっと狂児が助けてくれるはず…!と神様視点の私はソワソワしていて、ああ良かった!来た!ここからどうやって助けてくれるんだろう?と思っていた。宇宙人に明るく絡みつつ、スッと聡実くんを守り、一瞬の隙を突いてアタッシュケースでぶん殴る。しかもその後またケロッと態度変えて普通に財布拾って「これ聡実くんの?欲しいもんあるなら買おたるで」ってまた当たり前のように対聡実くんの態度を出す狂児。冷静に考えると態度を一瞬で変えられる狂児も怖すぎるんだけども、でも確実に聡実くんを守ってくれて、信頼するしかないじゃんね…という気持ち。

そう、この狂児という男、結局謎が多くて、最低限の来歴は語られるも、根幹の“人間性”みたいなものが垣間見えるエピソードがほぼゼロ。狂児という名前となった話も、893に入った経緯も、あくまでこちらに与えられるのは“情報”だけで、そこから汲み取って解釈するしかない…けどきっとそれぞれの中に“狂児”がいて。
映画鑑賞後に原作漫画も買って読んだけど、聡実くん周りのエピソードが深掘りされていて、聡実くんという人物の解像度が上がったことで、少なくとも“聡実くん視点の”狂児の解像度も上がったような気がする。その塩梅が上手すぎないですか…?
聡実くんから見える世界、そして聡実くんの目に映る「成田狂児」。そらカラオケ行くし、部活もサボるし、イライラも心配もするよネって感じ。

屋上で笑い合うシーン。あまりに輝いていて、でも永遠に全く同じ関係性で続くわけないのも頭のどこかで分かっている分切なくて、すごく幸せでほんの少し切ないシーンで大好きだった。

聡実くんが狂児を選び…というか、もう何もせずにはいられないという感じで飛び出して、893ばかりのスナックに突入し、紅を歌うシーン。とても美しくて力強くて、儚くて、暖かくて、まさか紅で泣きそうになるとは…。結局狂児は紅を選んでいただろうなという想いを汲んで、自分だって声変わりが始まって苦しいのに必死で歌い上げる10代の勢い、生命力。そしてしれっとやってくる狂児。何もかもずるい…。
聡実くんが必死に歌ってる姿を見つめる狂児の表情、これが“愛”ってやつか…。

ところで話は遡るが、狂児が聡実くんに傘を差し出すシーンめちゃくちゃ良かった。まだ聡実くんは警戒(しようと)してるのに、そこを気にせず(気付いていないのか?)学校のド真ん前で堂々と待ち伏せし、聡実くんがやってきたら普通に声をかけ、ナチュラルに傘の中に入れてしまえる距離感の近さ。気付いたら相合傘している。このシーンは公式イラストから着想を得た映画オリジナルシーンと後から分かってびっくりした。

当初、原作ファンの友人から「ハッピーエンドだから安心してね」と言われていたので、エンドロールが始まったときに「Cパート、あるよね…?」と信じながら眺めていた。そしたらまた映像が始まって、最後の最後にドでかくて超重い、狂児の“想い”をぶつけられて頭抱えそうになった。

「聡実」

「聡実くんは、聡い果実やからなぁ」という台詞が印象的だったけど、まさか最後の最後でこんな形でぶつけられるとは。

漫画だと、空港で、直接対面で再会している。これもまた良い。
大きくなった聡実くんが、ふいに現れた狂児に驚き、「聡実」にドン引きし、いろいろな感情からなんだか顔を見れなくなって、そんな聡実くんに狂児がまた特有の距離の近さで
「カラオケ行こ」
で締められる。聡実くんの感情が表情や動作で伝えられて暖かい気持ちになる。

一方、映画の聡実くんを急成長させるわけにはいかないので(他の誰でもない“齋藤潤さんが岡聡実くん”なので)、じゃあどうするかというと狂児の電話。狂児(綾野剛)の立ち姿と声色だけで、2人分の感情を伝えてくれる。
「カラオケ行こ」

この映画は聡実くんの物語で、狂児も聡実くん視点の姿なので、本業ではどんな姿かは分からない。聡実くんが指を見てしまったことについても慌てるでもなく当たり前のように「捨てるの忘れとった」と言うくらいにはちゃんと893である。宇宙人を何の躊躇いもなくぶん殴れるくらいにはとても893である。しかし、実際のところは分からない。聡実くん視点の狂児しか分からない。
でも最後の最後に、狂児を通じて聡実くんが描かれている。成長した、大きくなってきっと声も変わった聡実くんが、狂児の電話を通じて。

たしかに、狂児と聡実くんはそこに居た。話していた。そして、カラオケに行っていた。

書ききれなかったけれど、合唱部のみんなが優しくて、ももちゃん先生やコーチも優しくて、両親も優しくて、893も聡実くん視点では優しい。そしてもちろん、狂児も、優しい。だいぶ変だけど。
聡実くんの周りにはこんなにも優しさと愛に溢れているんだな…ととても暖かい気持ちになれる。

本当に、本当に大好きな映画になりました。心の御守りみたいな暖かい映画。

ありがとうございました。

よろぴく。