性格診断テストとコールドリーディングするAI
いい年をこいた男には、大抵、昼の友達と夜の友達がいる。
昼の友達は、まあ基本的には仕事仲間だ。日中の行動を一部共にして、同じ目標のために頑張る。昼の友達と酒を飲むこともあるが毎日というわけじゃない。
夜の友達は、主に酒場にいる。その場限りの相手は友達とは呼べないが、毎週決まった時間に顔を出すと、お互い名前を覚えるようになる。
「清水さん、あれやってます?」
「あれって?」
「今流行ってるんですよ。性格診断」
なぜか一部の界隈では性格診断アプリが大流行しているらしい。
アプリといってもWebからできる。
質問がたくさんあって、七段階から選ぶ。
微妙に答えに迷う質問もあって、答えに自信が持てない設問が入っているのがポイントだ。
この手の診断は昔、何度も作ったことがある。
大概の性格診断には一定の法則がある。というか、基本的にどれも似たようなものである。
今回の僕は、「指揮官」タイプと出た。
で、この手の診断ものトリックは、「その人が本当にどういう人なのか」ではなく、「その人が自分のことをどう思っているか」を当てるゲームであることにある。
診断コンテンツに対する評価の軸は「当たってる!」と思わせることだ。それは本人でもいいし、本人の周りの人でもいい。
質問に答えていく中で、「ああ、こういう方向に誘導するのね」と作り手の意図が見え見えになってしまうと興醒めするが、設問数を多くして回答をイエスノーの2択ではなく7段階にすることで、「なんとなくの遊び」を作り、本人でも回答に若干迷うような場所をわざと入れておく。
ただ、これらのことは全て「当たってる」と思わせる演出であり、実際にはコールドリーディングに近い。
僕は経営者をやってきたから、経営者の答えそうな答えを選べば、結果が経営者の類型のようなものになるのは必然だ。別に占いがすごいのではなく、そのように仕向けられているのである。
このツールを適当に触っていたら、「そういえばコールドリーディングするAIは作れるかもしれない」と思った。
コールドリーディングとは、インチキ霊能者の常套手段で、要は質問だけから相手が隠していると思っている事実を突き止める、または突き止めたふりをする。
事前情報なしに行うのがコールドリーディングで、より悪質なものになると、事前に入念な調査をした上で相手の家族構成や出身地などを当てるホットリーディングというのもある。
コールドリーディングの具体例は世の中に山ほどあるのであえて指摘しないが、どういうものか知りたい人はドラマ「メンタリスト」の第一話を見るといい。
個人的には吹き替えの方がおすすめ
普通、コールドリーディングは録画されるような環境でやらない。あとで冷静に見え返せば嘘をついてるのがバレてしまうからだ。これを大胆にテレビカメラの前でやった占い師もいる。
僕はサラリーマン時代、業務命令で占い師に弟子入りしたことがある。今思えばつくづくなんでもやらされる会社だった。
風水師の仕事もしていたし、占いサイトの開発もした。
そもそも、「占い」はプログラミング可能なのかという疑問もあるが、占い師や風水師と話をしているうちに、「なるほどそういうことか」と合点がいった。
誤解をおそれずにいえば、占いと手品はとても似ている。
僕は手品が大好きで、週に五回はマジックバーに通っていたこともある。
手品にはさまざまなテクニックがあるけれども、占いとの一番の違いは、「嘘ですよ」と最初に明かしていることだ。
だから実は手品と占いは対抗する概念でもある。
占いはあくまでも「真実、または真実めいた何か」という前提で提示されるが手品は絶対にタネがあるのが前提だ。
さて、「コールドリーディングするAI」は多分作れてしまう。
なぜなら「コールドリーディング」は理論的なものだからだ。
コールドリーディングと似ているのがナンパ法だ。
僕は会社を始めた頃、経営の大先輩(今も数えきれない程の財産をゼロから築き上げた)から最初に言われたのは、「清水君、ナンパができる男になりなさい」というものだった。
僕はナンパなんかしたことなかったから面食らった。しかもそれを還暦をとうに越した人が、都内の一等地に建てた何百億という豪邸の庭で言うのだ。
彼からこういう話を聞いた。
まだ彼が大学生だった頃、新宿の街中で女の子に声をかけていた。
「いいところがあるんだけど、お茶でも飲まない?」
普通、ナンパというのは20人に声をかけて1人反応してくれたらいい方だと言われる。ところがその日は、一人目から反応がもらえた。
「いいところってどこ?」
その人は、「すぐそこなんだ」といって歩いて行き、道中で女の子を笑わせたり、誤魔化したりしながら、大久保にある自分のアパートに連れて行った。
それが六日間連続で一発で成功するという体験を積んで、七日目に「あ、もう失敗するな」と思ったのでやめたのだそうだ。
この体験談から何が学べるか。
その人には、新宿駅で声をかけた女の子を大久保の住宅街まで連れて行ける程の会話術があるということだ。
そのためには恐ろしく鋭く詳細まで見通すような観察眼を養わなければならない。相手が飽きてないか、どんなことに興味がありそうか、どうすればもっと興味を惹けるか。
その人は、お世辞にもいい男だとか、モテるというタイプには見えない。けれどもそうやって、人と接することとはどういうことか考えて、実践してきたわけだ。
そういう意味ではナンパも立派なコールドリーディングと言える。
ちなみに僕はいまだにナンパをしたことはないが、その人の影響でナンパ法の本は大量に読むようになった。そうした本には多くの学びがある。
世界の人がシャーロック・ホームズに魅了されるのも、一種のコールドリーディングだ。
シャーロック・ホームズは相手を一眼見ただけで、来歴、病歴、職業、悩み事などを当てることができる。まるで占い師のように。
占い師が秘中の秘としてやってきたことを、あっさりと論理的に暴いたのがあの時代におけるコナン・ドイルの発明だろう。シャーロック・ホームズの真似をしようと考えれば、必ずコールドリーディングに行き着く。
コナン・ドイルは医師でもあったので、患者の様子から患者の病気やその背景を推察するのがいわば職業柄身についていた。医者の仕事の半分はコールドリーディングと言って良い。患者の反応から、その裏側にどんな病理があるか突き止め、患者を安心させるのが仕事だ。
今の大規模言語モデルはマルチモーダルの機能もあるので、客の様子から本来読み取りにくいことまでも読み取ってしまうことができるだろう。
適切な質問を考えることもできるし、何かそれっぽい質問をぶつけて、それっぽい返しをすることもできるはずだ。
プログラマーの悪い悪い性癖として、「できると分かりきってるものは作る気にならない」というものがあって、僕は仕事でもなければあえてコールドリーディングするAIを作るつもりはないのだが、悪意を持ってコールドリーディングAIを作れば、いくらでも人を操れてしまうだろう。
その上で、被験者にとって、相手がAIかどうか判定するのはいよいよ難しくなる。というのも人間よりもよほど丁寧できめ細かい返答ができるからだ。
ホームズの名言の一つに「ただ見るだけでなく観察することが大切なのだよ。ワトソン君」というものがある。観察はコールドリーディングでも手品でもナンパでもOODAループでも最重要のパートだ。
観察することにかけて人間はAIを追い抜くのは難しい。
ただAIが面白いのだと言ってるうちはいいのだが、AI詐欺師みたいな本格的なコールドリーダーが出てくるとそれは実際の脅威となるだろう。
もちろん、別の面で言えば本当に親身になって自分の悩みを相談したり、自分の心の奥底にある自分でも自覚できていない感情や意識を鏡のように映し出すような本当に役立つ「ライフアドバイザーAI」も作ることができるはずだ。
最近、僕は自分の代わりにパワーポイントを作るプログラムをAIに書いてもらった。面白いことに、AIがコードを書いたのだがそのコードはAIを使っているわけではない。でも、すごく便利だ。日々の仕事の1/5くらいが自動化できてしまった。
普通に生きていてある日突然生産性が20%改善することなどほとんどないので、これも見方によってはAIを使ったことの成果と言える。
まあAIを使うように改造してもいいんだけど、面白いのは、今のところAIが書くコードはAIを使わないことが多いことだ。AIが学習したコードのほとんどはAIの応用製品ではなく基礎的なものしか学習していないからだ。
AIの応用製品は今あちこちから出始めているが、そうしたコードはGithubにあげるのは危険だという考えかたも出てくるようになるだろう。
ただ、面倒なところはAIに書かせ、AIとの組み合わせだけ自分で書くという手法の組み合わせは簡単かつ効果的なのでこれから主流になっていくだろうし、そうすると本当にどんどん仕事が減っていく。生産性が上がると暇で困るかと思ったが、意外と暇は新しいアイデアを考えるための時間として埋まっていくので、結局、楽しい時間が増えていくだけということになる。
今この瞬間にも、こうして僕が寝言を書いている間にもAIの書いたツールはせっせと動いていて、僕が毎日作っているExcelから、自動的にWebサイトをキャプチャし、PPTXを作ってる。
昨日まではこういうPPTXを作るのに自分でキャプチャして、コピペしてというおよそ非人間的なことを繰り返していた。
これが完全に自動化された。
次は、情報を収集するところまで自動化できるだろう。
残るのは、その情報を「面白い」と思うかどうかだ。
こればっかりは個人の感性の問題なので、AIが代替するのはもう少し時間がかかるだろう。でも永遠というほどの時間は必要としないはずだ。
こういうものを作ろうとする時、一種の「コールドリーディングするAI」が必要になる。つまりユーザーの潜在的なニーズを探るAIだ。「口ではこう言ってるが、本当はこういうものが欲しいんでしょう」と見抜くAIである。
そういう洞察はこれまではごく一部の人間のものだった。マーケッターとか呼ばれる人の領域だった。
でもAIよってほとんどその能力は無意味になるだろうな。