マハーバーラタ/4-15.アルジュナと若き王子

4-15.アルジュナと若き王子

ウッタラクマーラが声を上げた。
「ブリハンナラー! 急ぐんだ! 我が父のいない時を狙って侵入してきた愚かな敵に我が武勇を見せてやるんだ」

アルジュナが運転する戦闘馬車は敵の野営地に向かって進んだ。アルジュナはずっと微笑んでいた。
しばらく進むと、まるで月が満ちている時の海のような大きな音がウッタラクマーラの耳に届いた。
「ブリハンナラー、この音は何だ?」
「この音はあなたがこれから打ち負かすカウラヴァ軍から聞こえてきますね」

さらに戦闘馬車を進めるとウッタラクマーラの目は驚きで丸くなった。
言葉を失い、口は渇き、まるで息が詰まったかのようであった。

アルジュナは平然と戦闘馬車を進めた。
「王子、いかがですか? ここならカウラヴァ軍が整列している様子がよく見えます。
あちらで白い馬に乗っているのがカウラヴァ軍の大将ドゥルヨーダナです。堂々とした姿です。
彼の横で灰色の馬に乗っているのがお気に入りの弟ドゥッシャーサナです。
美しい茶色の馬に乗って彼らに近づいているハンサムな方がドゥルヨーダナの親友ラーデーヤです。彼こそがカウラヴァ軍の一番の弓使いで、アルジュナを殺すと誓った人です。彼がいるのでドゥルヨーダナは勝利を確信しています。
あちらの方向を見てください。まるで朝日を閉じ込めたかのような輝きを持つ宝石を埋め込んである冠をかぶっているのが偉大なビーシュマです。彼はクル王国の無冠の王です。彼が王位を継いでいたらきっと歴史は違うものだったでしょう。
彼の傍にはカウラヴァ達とパーンダヴァ達の先生であるドローナがいます。
そしてその近くには息子のアシュヴァッターマーが立っています。彼の頭上に輝く宝石がよく見えるでしょう。
ですが、あなたこそが彼らと片手で戦うことができるお方です。
さあ、戦場へ向かいましょう」

ウッタラクマーラはその軍隊を見て様子が一変した。
戦う勇気が消え、膝は震え始め、弓は汗のしずくで濡れた。
目に涙を浮かべてアルジュナの方を見た。
「なんという軍隊だ。無敵の勇者がたくさんいる。私には分かる。
片手で倒すどころか、立っていることすらできそうにない。
インドラでさえもこの恐ろしい軍隊に怯えるだろう。
父も兄もここにはいない。トリガルタとの戦いに全軍を連れて行ってしまった。私などまだまだ少年だ。どうすればあのカウラヴァ軍に立ち向かえるというのだ?
無理だ。引き返そう。
あの軍隊をもう一度見てしまったら、今度は気を失ってしまう。
私は戦わない。町へ帰ろう」

アルジュナは笑った。
「あなた、敵に怯えているのですか?
先ほどまでは、早く戦場へ連れて行けと命令していましたよ。
王子、大丈夫です。あなたは勝てます。
あのカウラヴァ軍は見た目ほどは強くありません。簡単に打ち破れます。
私があの隊列を崩して戦闘馬車を進めましょう。
あなたは戦士の息子です。偉大なキーチャカの甥です。勇敢な戦士です。
そんな簡単にくじけてはなりません。
一人一人と戦うなら、そんなに手ごわくないことが分かるでしょう。
さあ勇気を出して。
あなたは絶えることのない名声を得ます。
町を出る時に言っていた言葉を思い出してください。威厳をもって出発したあなたが臆病者になって戻ったなら笑われます。
戦うべきです。町へは戻りません。
女性の私でさえ、あの軍隊は怖くありません。
戦いから逃げることでマツヤの一族に恥をかかせてはなりません。
勇気を出して行きましょう。あなたは絶対に勝てます」

ウッタラクマーラの耳にはその言葉は届いていなかった。
「いえ、私は気にしない。あなたに私の気持ちが分かるはずがない。牛でも富でも持っていかせてやろう。世界が私を笑ったってかまわない。それでいい。私は町に戻る」

ウッタラクマーラは戦闘馬車から飛び降り、一人で町の方へ向かって走り始めた。
「王子! そんなことをしてはなりません!
あなたはクシャットリヤです。一族の名に泥を塗ってはなりません」
王子はその言葉に全く耳を貸さずに全力で走った。

アルジュナも戦闘馬車から飛び降り、赤いマントと長い髪をなびかせながら逃げる少年の後を追いかけた。

敵軍からもその一部始終が見えていた。
戦場から走り去る若者と、それを追いかける奇妙な服を着た人。
音のない奇妙なドラマが演じられていた。

カウラヴァの兵士達が話し始めた。
「おい、何だあれ? 少年が戦闘馬車から飛び降りて逃げていったぞ。
今度は変な格好をした奴が追いかけていったぞ。一体誰だ?」

ドローナがこの光景に見入っていた。
「後から追いかけている者は女の格好をした男のようだな。少年の方は何やら怯えて逃げているようだ。戦場に連れ戻して戦わせようとしているようだな。
あの女の格好をした方、見覚えがあるな。
分かった! アルジュナに似ているんだ。頭の形、首の太さ、この距離でも分かるぞ。あの美しい腕、広い肩と胸、あれはきっとアルジュナに違いない。この我が軍に一人で立ち向かう勇気を持つ者、それはアルジュナ以外にいない」

ラーデーヤはドローナの言葉を聞いていた。
「それはないでしょう。
スシャルマーと戦う為にヴィラータが町を空け、残っていたのがあそこにいる息子のウッタラクマーラでしょう。他に助けるものがおらず、仕方なく男とも女とも分からない者に戦闘馬車を運転させてここまで来たのでしょう。
この場まで来た勇気は褒めるに値するが、前線まで来て我が軍を見て怖気づいたのでしょう。
彼は戦闘馬車を捨てて逃げ去り、御者の方は戦場に残されるのが怖くて逃げているのでしょう。それだけのことでしょう。なぜアルジュナの名を持ち出すのか理解できません」

クリパが言った。
「いや、ドローナ先生の言うことが正しい。あれはアルジュナだ。
アルジュナがあの王子を追いかけて戦場に連れ戻そうとしているのです。あの少年を御者にして自ら戦おうとしているんだ」

ドゥルヨーダナはそれらの言葉にイライラしていた。
「そんなことはどうでもいい! あれがアルジュナだろうが、クリシュナだろうが、バールガヴァだろうがそれは問題ではない。我が軍に立ち向かえる者などいない。女の格好をした誰かだろうが、戦う気があるならこの我が弓矢で倒してやるだけだ」

敵軍でそんな議論がされている間、アルジュナはウッタラクマーラに追いつき、彼の髪を捕まえた。
王子は逃げたいと訴えたが、アルジュナは彼を戦闘馬車の中に引きずり込んだ。
「王子! 逃げてはなりません。もし恐ろしくて戦えないというなら、私が戦いますから、馬の手綱を握ってください。大丈夫です。私がいる限りあなたを傷付けさせたりしません。
あなたはクシャットリヤです。戦場から逃げることだけはしてはなりません」

ウッタラクマーラが手綱を握り、アルジュナは戦闘馬車の中に座った。

アルジュナは戦う前にガーンディーヴァと矢筒を取りに行きたかった。
ウッタラクマーラはアルジュナの指示に従ってサミの木の方へ戦闘馬車を進めた。

ドローナがビーシュマに暗号で話しかけた。
「ビーシュマ、あの戦闘馬車の中にいるのはアルジュナだろう? さっき『アルジュナに違いない』と口にしてしまったのはまずかったな。まだ13年目は終わっていないだろうから」

ビーシュマは暗号で返事をした。
「あなたの言いたいことは分かる。大丈夫、心配無用だ。もう13年目の期限は過ぎている。
先日宮廷で議論していた時でさえ、私は知っていた。あえて言わなかったのだよ。ドゥルヨーダナに学んでほしかったんだ。パーンダヴァ達を打ち破るのが簡単ではないということを彼は今から実感することになるからな。
そしてこの教訓によって、もっと大きな悲劇を避けられることになるのだ」

ドローナは安心してドゥルヨーダナに話しかけた。
「ドゥルヨーダナよ、あれはアルジュナだ。他の誰でもない。
おかしな格好をしているが私には分かる。13年ぶりにアルジュナを見た」
ドローナは最愛の生徒を見て涙を流した。

ドローナがアルジュナの武勇について話し続けたので、ラーデーヤは怒り始めた。
「ドローナよ、あなたはいつもアルジュナを褒め称える。我が王や私なんて、16人集まってやっとアルジュナ一人分の素晴らしさだと」

ドゥルヨーダナが言った。
「あれがアルジュナであるなら、私の目的は叶った。パーンダヴァ達をもう12年森へ送ってやれるんだ。ただのおかまの姿をした神であるなら、我が弓で撃ち落としてやる」

ビーシュマやドローナ、クリパ、アシュヴァッターマーは、この勇敢で恐れ知らずの言葉を称賛してあげることにした。

(次へ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?