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4月のShhh - 関係性の深さと移ろい

Shhhの定例会でクリエイティブディレクター重松とデザイナーの宇都宮が共有した「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。

3月は「‘わたし’的なもの」「流転する世界と屹立する美」といったテーマが浮かび上がりました。4月のコンテンツで広く共通したのは「関係/関わり」。

今月も、美しいものの数々をお楽しみください。

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“すく”ことと関わるということ

この春、Shhhが関わった2つの新しいメディアが公開された。

一つは、福祉の視点をもったひと・もの・ことをすき込むメディア「壌(JYOU)」(主催:SOCIAL WORKERS LAB)。

もう一つは、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」(運営:マガジンハウス)。

「福祉」という共通のテーマをもったデザインをつくりながら、「弱さ」と捉えられがちなものにこそ可能性があることを手にとるように感じた。そのリアリティの体得のプロセスにあったのが、以下の2つの本。

📕 書籍『手の倫理』/著=伊藤亜紗, 2020, 講談社

体の一部を何かに接触させることを「触る(さわる)」と言うか「触れる(ふれる)」と言うかは、その状況における主客の関係性や文脈で変わる。
相手を知るために伸ばされた手には関係性が生まれるが、そんな「手」を介した他者との関係のあり方について、一度立ち止まって迷おう、と投げかける一冊。それを問えるかどうかが、手の倫理の重要性につながるのだろう。

📕 書籍『マイノリティ・デザイン』/著=澤田智洋, 2021, ライツ社

どんな人にも「弱さ」はあると思う。そしてそれは「力」になる。そのためには、凝り固まったものの見方や考え方をゆるめよう――というアティチュードで、著者は笑いを携えて、人々の心と体、社会をほぐしにいく。

ほぐす、空気をふくませる、伸縮させる……ゆるめたところにあそび・すき(隙き、好き、空き)が生まれ、笑いをいれることで、新しい概念を定着させられる力を感じた。

自分は知らない、を知る

🎥 映画『僕が跳びはねる理由』/監督=ジェリー・ロスウェル, 2020, イギリス

会話のできない重度の自閉症者である作家・東田直樹さんが、13歳で執筆したエッセイ『自閉症の僕が跳びはねる理由』を映画化した作品。これまで理解されにくかった自閉症者の思考や感情を、本人がつぶさに伝えた内容に大きな注目が集まった。

文字盤を介すことで自閉症の方々との対話が可能になる(人もいる)、ということ。そして文字盤を介し「今までの教育は人権の否定だ」と語り出す姿を目にしたときのショックを通じ、自分は何一つ彼らの世界について知らなかった事を知った。と同時に「ディテールから世界を知る」という彼らの認識法に寄せた視覚・聴覚的な演出も新鮮だった。

📕 書籍『医療の外れで』/著=木村映里, 2020, 晶文社

医療を受ける人と施す人の暮らす社会は地続きのはずなのに、医療現場では分断を感じる。「各々の生きる背景を繋げる言葉が必要だ」と語る若手看護師が、医療と社会の現実を描いた一冊。

読んで良かったし、読まないといけない本だった。
「具合が悪くなれば医療を受ける」それを当たり前なこととしてしか認識していなかった自分のマジョリティ性への無自覚さを痛感した。先月紹介した書籍『エデュケーション』と同じく、読み進めるのが苦しくなる類の本ではあるのだけれど、本や映画に触れる理由って、自分の無知を知るためなんだよな、と改めて思った。

関わり合いの深度

ペリン・エスメル監督の2作品を立て続けに観た。名作映画を厳選して配信する動画サービス「MUBI」のTHE TOP 1000リストで『SOMETHING USEFUL』が23位と高評価だったからだ。(ちなみに、タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』が22位、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』が27位。)

🎥 映画『SOMETHING USEFUL』/監督=ペリン・エスメル, 2017, トルコ

『SOMETHING USEFUL』は、弁護士であり詩人でもある女性と、看護学生で女優を夢見る女性が列車で出会い、様々な出来事を介しながら自分の道を切り拓く様を描いた、美しくポエトリーな作品。

🎥 映画『WATCHTOWER』/監督=ペリン・エスメル, 2012, トルコ

荒野の展望台で火災監視員になり孤立している男性と、田舎のバス停の仮設部屋に住み、過去から逃れるために働く女性。岐路に立たされた2人の運命はやがて衝突してゆく。トルコの美しい自然を通して、社会から孤立した個人の感情を辛抱強く追求した作品。

2作品とも評価に違わず素晴らしい映画だった。
どちらの作品でも主人公は「放っておけないこと」に偶然出くわし、その出来事に深く関わっていく。それはいわゆる厄介事であり、関わることで得や利益があることでは決してない。むしろ長く険しい困難の道に自ら踏み入ろうとしていると言っても良い。しかも関わろうとする相手には「放っておいてくれ」と何度も言われ「どうして私に関わろうとするの?」と絶叫までされている。その悲痛な「どうして?」に対する回答はない。ただ「放っておけない」のだ。どんなに面倒で大変だと頭で分かっていても「放っておけない」と感じる何かが確かにあるから主人公たちは関わることを止められない。

ペリン・エスメル作品は、映画としての様々な側面の完成度の高さに評価が集うが、それ以上に「放っておけない」ことに目を背けず、踏み入っていく主人公たちに対して「そうあるべき」という共感値が高いのだと思う。さらに、こうした「言葉には出来ない感覚」を自然や詩を媒介として映像化する手腕の美しさにも脱帽した。

📕 書籍『飼い喰い―三匹の豚とわたし』/著=内澤旬子, 2012, 岩波書店

タイトル通り、3匹の豚のために豚小屋を建て、名付け、育て、屠畜し、食べるまでのルポルタージュ。

各過程の描写がとても克明なため、読み進めるうちに3匹の豚と著者との関係性(ペット、家畜、食料)の境界線が徐々に溶け出してくる。豚を育て、殺め、食べたあと、著者のなかでその関係性が入り混じり曖昧になっていくさまが、なんとも豊か。単純化できない・しないことの愉快さ、味わい深さがいい。

一匹の動物を「全部食べる」というのはそもそも今の時代にできることではない、というエピソードが印象的。育て、絞め、加工することの分業に止まらず、現代は屠殺のなかでも細分化されているそう。調理においても、体のどの部位でも調理できる料理家というのは珍しく、その背景をもって「全部食べる」を実行したこのルポの読み応えたるや。

4月の静かで美しいデザイン

🎥 映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』/監督=マックス・リヒター, 2019, イギリス

「眠り」をテーマにした8時間超のコンサート「SLEEP」を追ったドキュメンタリー。開演時刻は深夜、終演時刻は明け方。客席は椅子ではなくベッドで、観客たちは本当に眠っても、会場を自由に歩いてもいいという、新たな音楽体験を提示したこのコンサートの全貌と裏側をとらえている。

コンサートドキュメンタリーにおいて、自分史上最高の気持ち良さ。「眠るための公演」「8時間ぶっ続けの演奏」こんな企画を考え、世界各所で交渉を続け、演者を集め、実現させたこと自体がまず驚愕で、クリエイターという定義への回答が全部詰まっている気がしてしまう。

🏛 展示「篠田桃紅 とどめ得ぬもの 炭のいろ 心のかたち」展

文字の形にとらわれない「水墨抽象画」のスタイルで、新しい表現に挑戦し続けた篠田桃紅(しのだ・とうこう)。惜しまれながら2021年3月に108歳で逝去した桃紅は、世界の「とどめ得ないもの」に寄り添い、墨と線で描きつづけた現代美術家だ。

墨の濃淡のみで表現された世界は、作歴を追うに従ってより削ぎ落とされ、抽象度の高い表現を指向しながら同時に日本の古典的な美意識が掛け算されていく。特に墨で表現された「ゆらぎ」や「にじみ」の表現は、画を通じ音が聴こえてくるような物語性があった。作家活動の先に行きつく、一本の線にまで削ぎ落とされていく表現の旅は、表現者としての理想の姿を目にしたような気がした。

その他、話題にあがった作品

▼映画
・『クリシャ』/監督=トレイ・エドワード・シュルツ, 2015, アメリカ
・『ブックセラーズ』/監督=D・W・ヤング, 2019, アメリカ

▼展示
・『New Ocean: thaw』/ダグ・エイケン, 2001, アメリカ

▼書籍
・『〈責任〉の生成――中動態と当事者研究』 /著=國分功一郎・熊谷晋一郎, 2020, 新曜社
・『ふすま―文化のランドスケープ』/著=向井一太郎・向井周太郎, 2007, 中央公論新社

▼ドラマ
・「チェルノブイリ」/監督=ヨハン・レンク, 2019, HBO(日本ではAmazon Prime VideoU-NEXTで配信中)

▼音楽
・『Tratto Da Una Storia Vera』/Joe Barbiieri, 2020
・『Library Selection』/Miguel Atwood-Ferguson, 2015
・『A Plane Over Woods』/The Vernon Spring, 2021

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以上、4月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ

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