推しカツのススメ
私の愛したお店が閉店してしまった。
高校3年生の私は、受験に向けてよく勉強したものだった。そんな勉強漬けの日々の心のよりどころだったのが、隣町の商店街にあった精肉店である。
商店街には図書館があり、クーラーの効いた自習室に入り浸った。自習室の窓からは黄色い看板の精肉店が見える。閉館時間ギリギリまで勉強をした帰り、信号を渡ってその精肉店に入ると、ご夫婦がにこやかに迎えてくれるのだ。
店内には油のいい匂いが充満し、高校生の食欲を存分に刺激する。うまいよ!といった手書きの宣伝文句とともに、唐揚げやコロッケといったメニューが並ぶ。中でも人気なのが、辛味噌チキンカツだ。
学生さんだからサービスね!と、おじちゃんはいつも皮付きの肉でチキンカツを作ってくれる。この皮がぷりぷりで美味い。おばちゃんがこっそり、その日の売れ残りを袋の底に入れてくれることもあった。学生に優しい、いい店だった。
受験に合格したとき、真っ先にお礼を言いに行った。初めての帰省の際にはお土産を持参した。それなのに、いつしか足が遠のいてしまった。不意に私の目に飛び込んだのは、閉店を知らせる張り紙の写真であった。
「推しは推せるときに推せ。」と誰かが言っていた。本当だと思う。私のような事にならないために、あなたはあなたの推しを大切にしてほしい。私はもう、あの辛味噌チキンカツの味を、遠い記憶の中に懐かしむことしかできない。
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