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はぁどうも

『波動が合ってるからだ。』

なぜか断言しますよね?ジョジョですか?あ、あれは波紋か。まぁ、ともかく、人間は誰しも目に見えない『バイブレーション』的な何かを発してて、その波長が共鳴することがある。といったイメージでしょうかね?

共鳴したからどうなるの?

『ああ、同じ波長ですね。これは奇遇ですな。どうです?一杯やりませんか?』みたいなことはあるかも知れませんし、『コイツ、同じ波長やんけ。ムカつくぜ!』ってこともあるかも知れませんね?

そもそもその波動のパターンってどのくらいあるんでしょうね?

もし『無数にある』ってことなら波動が合うことこそが奇跡だし、血液型くらいのものならまぁまぁ出会うし、波動がどうこう言ってるその価値も変わって来るんじゃないんでしょうか?

社会で生き抜く能力として考えた時、『波動が合う人としか関わらない』という選択は概ね出来ないんじゃないですかね?

むしろ『波動が合わない人とどう擦り合わせていくか?』がその人の能力となっていくんじゃないですかね?

それも楽器のチューニングみたいに出来るものなのか、波動を変更したり相手に合わせることは出来ないのでまさに合っているようかのように振る舞わなければいけないのか、波動で考えるとどれが正解なのかもわからんのですけど、絶対なのは『どうあれ相手に合わして行かなければならない』ってことですね。

今までは年功序列の世界だったので、若輩者が合わせておけば良かったんですが、今はお互いが合わせなくてはいけないので、社会で生きるってことは即ちずっと気を張っておかなければならない。ということかと思います。

エネルギーが要りますね。そりゃ家に帰ればどっと疲れるハズですわ…。

まぁ、家に帰ったら帰ったで家族にも周囲にも気を遣わないといけませんし、さすがにこれじゃ気が休まる時がありませんね?

『波動が合う』ことが癒しや安らぎに決定的な効果があるのなら、人類の未来の為に研究を進めてもいいのかも知れませんが、どうも『同じ学校出身』とか『同じ誕生月』とか『同じ趣味』とかそのぐらいな感じですしね?

合ったところで、合わないからとて、そんなに大した問題でもないのかな?とは思いますけどね?

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