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知らなくていい物語

昨年アニメ化もされ大ヒットした漫画「葬送のフリーレン」のノベライズ「小説 葬送のフリーレン~前奏~」が4月17日に発売された。
これは魔王を打ち倒した勇者パーティーで魔法使いをしていたエルフ・フリーレンが紆余曲折を経て「人の心を知る旅」に出る前の物語(所謂前日譚)5編を小説にしたもので、フリーレンの他に彼女の弟子で不器用だが優しい魔法使い・フェルン、フリーレンの旅の仲間で臆病な戦士・シュタルク、フリーレン達が旅の途中で出会う幼馴染の魔法使いコンビ・ラヴィーネとカンネ、そして魔王の配下でフリーレン達の前に立ちはだかった魔族・断頭台のアウラの物語が収録されている。
本編では描かれなかった彼女達の物語を知る事でキャラクターの理解度が上がる事間違いなしだ。

さて、しかしながらこの小説には前日譚が収録されていてもおかしくないにも関わらず物語が収録されていないキャラクターが存在する。
かつてフリーレンと共に10年にもわたる旅をしていた勇者・ヒンメルだ。
フェルンの育ての親でもある人間の僧侶・ハイター、シュタルクの師匠でもあるドワーフの戦士・アイゼンと共に旅をしていたヒンメルは、ある理由からずっと探していたフリーレンを仲間に引き入れ、10年にわたる旅の末魔王を打ち倒した。人間であるヒンメルはその寿命の差からフリーレンより先に亡くなってしまい、ヒンメルの事を知ろうとしなかった事を悔いたフリーレンは人の心を知る為に旅に出る。
ヒンメルの活躍ぶりはフリーレンの回想で度々振り返られ、「困っている人を決して放っておかない」というヒンメルの意志は、遺されたフリーレンやハイター、アイゼンの行動基準となる。
そしてヒンメル達と共に歩んだ旅路を辿り直す中で、フリーレンは当時は知る事のなかったヒンメルの思いを少しずつ知っていく。
言うなればヒンメルはフリーレンの価値観を変えた人物であり、物語のキーパーソンであると言っても過言ではない。
曰く、元はヒンメルも戦災孤児であり、僧侶のハイターとは幼馴染だったらしい。ヒンメルの物語も深掘りしたらさぞ興味深いものだろうし、彼の昔の話が気になる人も少なくない筈だ。

では何故そんなに重要なヒンメルの前日譚はこの小説に収録されなかったのだろうか?何となく気になってしまった私は自分なりに考え、結論を出してみた。
それは、ヒンメルの物語はある意味「知らなくても良い物語」だからではないだろうか。
フリーレンは旅の途中、かつての仲間であるアイゼンにフリーレンの師匠である大魔法使い・フランメの魔導書を探して欲しいと頼まれる。
フリーレンが見つけ出したフランメの魔導書には、かつて魂の眠る地・オレオール(俗に言う天国の様なもの)に辿り着いた彼女が、先に死んでいった仲間達と対話したという話が残されていた。いつかフリーレンが人間を知りたいと思う様になる事を見抜いていたフランメは魔導書にオレオールの記述を残しており、ヒンメルの事を知ろうとしなかった事を深く悔い、涙するフリーレンを気の毒に思ったハイターとアイゼンは、2人で協力してフランメの魔導書の眠る遺跡を探し出していたのだ。
オレオールに赴いてヒンメルと話す様にアイゼンに助言されたフリーレンは、ハイターを喪ったフェルンと共にオレオールを目指して旅をする。
オレオールはかつて魔王城があった場所の近くにあるとされているが、実在するかどうかすらわからないし、実在したとしてもいつ辿り着けるかわからない。
フリーレンの人間、そしてヒンメルを理解する旅はこれからも続いていく。
勿論、フリーレンは旅の道中でも少しずつヒンメルの思いを理解していくだろう。それでも、恐らくオレオールでヒンメルと再会するか、もしくはオレオールが実在しなかった事を知る時までフリーレンの旅が完結する事はない。ヒンメルに再会し、彼の思いを彼の口から直接聞く事こそが彼女の旅を終わらせる最後のピースなのだ。
勿論フリーレンやフェルン、シュタルク、ラヴィーネとカンネ、アウラの物語を知る事でキャラクターの理解度は上がるだろうし、ヒンメルがフリーレンと出会う前の話は私とて気になる。しかしながら、恐らくそういったヒンメルの物語は、読者がフリーレンと似た視点で旅を辿る上で「知らなくて良い話」なのではないだろうか。
基本的には「葬送のフリーレン」という物語は誰かの視点で進む物語ではない。フリーレンが自身の過去を回想するシーンはあるし、一時的にフェルンやシュタルクのモノローグが挟まる事もある。登場人物の言葉や仕草から彼らの気持ちを推し量る事も可能だ。しかしながら基本的に特定の登場人物の視点から物語が進んでいく事はないし、主人公である筈のフリーレンの視点が積極的に描かれない事で、永い時を生き、人間とは違う目線で考え、結果的に人間の理解をいとも容易く超えてしまうエルフ、そしてフリーレンの「理解のできなさ」がさりげなく表現されている様に思う。
そしてヒンメルの視点も特に物語の中から欠如している様に思える。そしてそれは「僕の心のヤバイやつ」という漫画でヒロインの山田杏奈の独白や視点が殆ど排除されているのに似ている様に思えるのだ。
フリーレンは亡きヒンメルの生前の思いを推し量る事はできても完璧に知る事はできないし、「僕の心のヤバイやつ」の主人公である市川京太郎は山田杏奈の言葉や仕草から心情を推し量る事はできても彼女の思いをダイレクトに受け取る事は絶対に不可能だ。ヒンメルや山田の視点の欠如は、ある意味読者がフリーレンや市川の視点に寄り添う事なのかもしれないと私は思う。
不器用なフリーレンは悪気のない言葉で度々ヒンメルやフェルンを傷つけてしまうし、不器用でネガティブな性格の市川は優しいけれど不器用な山田の気持ちに寄り添いきれずに時折すれ違ってしまう。
それでもフリーレンはヒンメルの故郷の花である蒼月草の種を半年かけて探し回り、フェルンに贈る誕生日プレゼントを選ぼうとして悩み込んでしまう。市川は山田の失くしたストラップを必死になって探すし、彼の為に修学旅行を優先してオーディションを諦めようとした山田を駅まで送り届ける。絶対にわからなくても推し量り寄り添おうとする事はできるし、寄り添えたかどうかよりもその試みこそが何よりも尊いのではないだろうか。

フリーレンから誕生日プレゼントに蝶をあしらった髪飾りを受け取ったフェルンは、彼女の好きなものが分からず、プレゼントを上手く選べなかった事を詫びるフリーレンに
「あなたが私を知ろうとしてくれたことが、堪らなく嬉しいのです」
と言う。
フリーレンが彼女の事を理解しようとした証は、数年経った今でも彼女の髪をまとめている。

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