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シャケが来る!

「いやぁ怖い時代ね……」
「来る時まで来たね」
今日もテレビで人が襲われて亡くなったニュースが流れている。
正体は鮭だ。
ウチの近くに流れる川で鮭に襲われる事件が多発しているという。
鮭、あの鮭だ。

清流と言われる地元の川で栄養をたっぷり摂ったのか、突然変異なのか、鮭が巨大になって凶暴化したらしい。

「シャケをさんざん食べてきたけど、シャケに食べられるってどんな感じなんだろう」
「イクラとかもめっちゃ大粒なんじゃない?」
彼女はいつだってのんきだ。
溜まっている録画したバラエティー番組を見ながら、会社でもらったおみやげをほおばっている。
そういえば入会したジムにも行かなくなった。言えないけれど、お腹も出てきている。しばらく抱いていないのはそういうことも一因だ。

「仲間が切り身されてきた恨みがあるからねぇ。本気で殺しにくるでしょ」

よく分からないことしか返せない自分がいた。
死んだ人がいるのにこんなことを言う彼女に幻滅したこともあるが、そもそも凶暴化した鮭が現実的じゃなさすぎる。
どうやって人を襲うのだろう。どんな気持ちで人を殺すのだろう。

彼女が実家に帰省すると言い出した。
ウチは両親が他界したからゴールデンウイークにまで帰る用はない。
ここだ。

好奇心に駆られて車に乗って、山間にあるキャンプ場に向かっていた。
サラサラという音が心地よい清流が流れるエリアに車を停める。
流れはゆっくりだが、実は川の底は相当深いことを俺は知っている。

中学時代の友人・溝口がこのあたりで水難事故に遭って死んだからだ。
俺はなすすべもなかった。

「出たあぁぁぁ!!!」
川のへりで遊ぶ家族連れが慌てて逃げてくる。
俺はスマホのカメラを構える。

シャケだ。大シャケが流れに逆らって突き進んでいる。
子供が滑って川に落ちた。
「あ!」

俺は中学時代を思い出す。
気付いたときにはTシャツを脱いで川に飛び込んでいた。
子供を抱いて、岸辺に返す。振り返るとシャケが迫ってきていた。
「うぅ」
足がつったのか一歩も動けない。
シャケがぐんぐんと近づいてくる。
大きく口を開ける。キレイな水がシャケの口にゴボゴボと入るが、びくともしない。

俺はありとあらゆるパニック映画を思い返す。
ジョーズ、ジュラシックパーク、ウォーキングデッド…………。

足を引きずりながら俺はひたすら逃げる。逃げる。
シャケは俺をとらえる。
シャケの歯が俺の背中に引っかかる。
もうそこからはシャケの独壇場だ。
俺は食いちぎられていく自分を見ていることしかできなかった。
溝口の笑顔が頭によぎる。
死にたくない。シャケの胴体を殴る。固い。硬い。
シャケの歯が俺の内臓を貫く。そこで記憶は途絶えた。

葬式はしめやかに行われた。
事故はニュースでひたすら報道された。シャケは駆除されたらしいが、「まだまだいるでしょう」と専門家が言っている。

兄や妹たちが家でビール片手にうつむいている。
両親が死んでまだ5年。俺の死は堪えたようだ。
「あの…………いただきます」
「……どうぞ」

のんきな彼女は寿司桶に並んだ、握りのサーモンを手に乗せる。
しばらく見つめていたかと思うとネタを裏返し、必死にワサビを取ってから口に入れる。何度も、何度も咀嚼している。

俺の兄妹や俺の遺影に向かって、彼女は微笑む。
口の中に残るシャリが無くなる前に、右手はまたサーモンに伸びていた。

俺はシャケの気持ちが分かった気がした。シャケなら俺はこいつを食う。
これは近い未来、本当にある話だ。

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