見出し画像

左衛門三郎さんはツッコミたい

高校時代のクラスメイト・左衛門三郎さんからDMが届いた。
そういえば、変な子でLINEをやっていなかったなと思い出したが、ほぼ裏垢に近いアカウントから送られたメッセージに気づくのに6日ほどかかった。

左衛門三郎はあだ名でも悪口でもなくれっきとした苗字で、豪族出身で埼玉県浦和市に数軒だけある珍名らしい。
名前は確か冴子だったような……。あいまいだ。アカウント名の「もっぴーP」では推測できない。
とりあえず、偶然アカウントを見つけたから「会いたい」とのことで、怪しさマックスだが、興味本位でメッセージを続けてみた。

他人行儀なやり取りを続け、1週間後、新宿のカフェで会うことになった。
壺かサプリを買わされると思ったが、会ってみると彼女は手ぶらで現れた。

彼女の誘いは意外なモノだった。
「一緒にお笑いしませんか?」
「は?」
「急に厳しいですよね。分かってます。厳しい世界だってことは。でも私は挑戦したいし、アナタとやりたいし、そのつもりで来た――」
「ちょ、ちょっと待って。お笑い? どういうこと?」
「漫才師になりたいんです」
「あたしと?」
「アナタ以外にいないじゃないですか」
と不気味に笑った。

左衛門三郎さんはいつもクラスの隅っこにいた。なぜか黒板近くにいる女子たちを見ては薄ら笑いを浮かべていた記憶しかない。
お笑いが好きだったなんて。

「いや、アタシ働いてるし」
「大丈夫です、まずは社会人お笑いからスタートするので。もちろん、プロアマが出れる大会には出ますけど。あ、残業とか多いですか?」
「なんで、ちょっとOK出したテイで話進めてるのかな」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど熱量というか意識の高さがそうさせているの――」
「ごめん、無理」
あたしは断った。当たり前だ。ろくに話したことのない高校生のクラスメイト。おまけに8年ぶり。
ようやく薬剤師としての仕事も慣れてきて、彼氏もできそうな感じなのに、お笑い? 漫才に取り組むはずがない。

「薬剤師さんでお笑いやってる方います。去年社会人の大会で準優勝でしたよ」
「なんで知ってるの?」
「私もその大会に出ていたからです。あ、でもピンで出ただけです。コンビ経験はないから、マウント取るとかそういう――」
「薬剤師やってるって言ってないし」
「調べたら分かります」

確かに薬局のブログやFacebookからたどり着くことはできるけれど、DMといい、やってることはストーカーだ。
「あたし、お笑いはそんな見ないし、人前は苦手なタイプだし。大体なんで、あたしなワケ?」
「ボケとしての才能を感じていたからです。こう見えて客観性はあるほうで。そのへんのお笑い評論家よりはよっぽど賞レースの優勝者予想当ててますし」
「ボケ?」
「はい。私、天下一のツッコミを目指してるんです」
「ツッコミ……!?」

絶対、ツッコミには向いてないよと言おうとしたけど、踏みとどまった。これ以上関わりたくないからだ。

2カ月後。初めて舞台に立った。
左衛門三郎さんと一緒に、漫才をしていた。

3年後。女性だけが出られる全国のお笑い賞レースでファイナリストになった。

そんな二人の奇跡を今からお届けする。



この記事が参加している募集

新生活をたのしく

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?